untitle db log

イェフス 42 


 カウンターの椅子に腰をかけて午後二時過ぎの昼食を取っていると、店主の仕事着のポケットに携帯電話の音が鳴った。未登録の電話番号だった。店主はその着信を保留にして食事に戻った。しばらくすると音は止んだが、しかしそのあとすぐにまた同じ番号から電話が掛かってきた。
 通話ボタンを押して受話口に耳を寄せると、“切らないでね”と、彼の耳元に丸い怒気のはらんだ声が刺さった。店主はうどんの鉢を載せたトレイを一方の手で持ち上げて、店内の人気のない角席に移った。それは彼の聞き覚えのある声だった。
「誰だったかな」
 店主は給水機のレバーにガラスコップの側面を押し当てて訊いた。
 サワムラです、と、少女は険の残る声で答えた。
「サワムラ・アリサ」と店主は言って眉を開いた。「元気そうだ」
「本当に昼ごはんの途中だったんだ」とサワムラは気のない口調で言った。「貴重な休み時間に電話をして悪いなって思ってるんだけど、でも、昼のタイミングを逃したら夜までずっと電話に出ない、ってお義母さんが言ってたから」
「そういう君は、まさか授業中に電話を掛けているわけじゃないだろうな?」
「なんで学校って、こんなにくだらないの?」
 分かったよ、と店主は言った。「何の用かな」
「動画を消した方が良い、ってお義母さんが言うから」
 水の入ったカップを口元で傾けようとした矢先、店主は背後の客の気配に気付いた。後ろを振りかえって礼儀的に頭を下げて、それから受話口に耳を押し当てたままテーブルに戻った。彼は元妻が動画を観ていたことをそれまで知らなかった。動画共有サイトを利用する他のユーザーと店主のあいだで取り交わされるメッセージにまで元妻の目が届いていた。「べつに読んでたっておかしくないでしょ」と、サワムラは唇の隅に呆気の笑いを含ませて言った。「メールアドレスを作るところからお義母さんと一緒にやったんだから。私もお義母さんも、読もうと思えばいつだって読めるのよ」
 サワムラからログイン情報を教わって以降、店主はサイトの他の利用者と私信の交換を続けてきた。アカウントの登録にあたっては、新規に取得したメールアドレスが使ってあった。man equals manという名のユーザーからメッセージが送信されると、サワムラのメールアドレス宛に通知が届くという流れだが、店主だけではなくサワムラ家の母子の二人もまたその通知を辿ってメッセージの内容を読み知ることができる。サワムラのアカウントを借りている以上、店主は文句を言える立場には無かった。それはもう仕方のないことではあったが、しかし、すでに元妻の目に文面が晒されているとあって、引きつづき気兼ねの無いメッセージの送信を続ける気にはなれなかった。
「man equals manさんから?」そう訊いたあと店主は腕を伸ばして携帯電話を耳の前から遠ざけた。そして手元の鉢の上に顔を伏せて麺をすすった。サワムラの話では、動画のコメント欄に新規の投稿があったとのことだった。
 受話口からその彼女の声がする。「コメントしてたのは別の人」
「セガワさんの家を見に来たいって?」
「ちょっとニュアンスが違うみたい」
「わかった、確認するよ」店主は箸で摘み上げた数本の麺を音を立てて一息に吸い上げた。
「あの動画、私が消しておいても良い?」とサワムラは訊いた。
 店主は唇を閉じたまま、くぐもった同意の声を落とした。
 店には数えるほどの客しかいなかった。店内の片端のテーブルで初老のサラリーマンがスーツ姿でひとり食事をしていた。壁に作り付けたロングシートには四角いテーブルが等間隔に配置してあり、若い男がそのスペースにひとりだけ。店主は辺りをちらっと眺め渡したが、その視線の納めどころが見つからず厨房を見るでもなく見た。調理カウンターの向こう側に立つ男の店員と目が合った。店主は一方の手に持っていた携帯電話を店員に掲げて見せながら、軽い謝罪のつもりで頭を浅く下げた。
「なんか、ちょっと思ったんだけど」とサワムラが沈黙を切った。「私達の知らないところで、なんか嫌なことが起きてるってこと無い?」
 店の奥まった角席にいた客がトレイを食器の洗い場に持ち置いて、そのあと店主のテーブルの前を通り過ぎて店を出た。店員が開いたドアの向こうに感謝の声を放った。「嫌なこと?」と店主は訊いた。サワムラの言葉の示す状況を具体的には思い浮かべられなかった。過去には自宅の外観を撮影した動画のアップロードが行われていたが、それ以外の何の迷惑な状況もまだ店主には実感できていなかった。
「だって、あの再生数を見てよ」とサワムラは言った。その声が店主の耳に一段と小さく聞こえた。耳元を離れたようでもあったが、声量が下がっただけのようでもあった。彼女が口に出して言った294の数字よりも、その前後に漏らした不明瞭な声のほうに大きな意味があるように思えた。「どうせ、大丈夫って思ってたんでしょ?動画を削除していないのが証拠よ」とサワムラは言った。
「大丈夫というのは、どういう意味かな」店主は一方の手を口元に添えて訊いた。
 何も起きないって思ってるんでしょ、って言ってるの。
「何かが起きるのか?」そう訊いて店主はグラスの氷を口の中に落とし込んだ。氷砕機の発明を素晴らしく思った。サワムラはまた息をひねり出すように悶々と呟いて「分からない」
「もし何かが起きるとしたら、それはまず君の頭の中で起きるんだ」店主は調理カウンターの向こうに男性店員の様子を眺めながら言った。そして思い立つままに加護の作陶映像をサワムラに勧めようとして、喉元まで出掛かったその言葉をとっさに押し留めた。映像に録画されていた知里とカメラマンの会話シーンをサワムラに観せることに何のためらいも感じていなかった。「そのうちアカウントも削除しておくよ」店主は仕切りなおしのつもりで言った。
 うん、と、サワムラ。「そのうちって、いつ?」
「メンイコールメンさんにお礼をして、挨拶をしたあとかな」
 それを聞いてサワムラは湧き上がる不満をただ口の隅から漏らした。
「さようならを伝えるだけだよ」と店主は言った。
「学校がくだらないのは、先生が先生ヅラしているからじゃない?」
「礼儀を知らない生徒に教室を荒らされたくないからだ」トレイに浮かんだ水溜りをおしぼりで拭きとって、店主はそれから空のグラスをトレイに載せて席を立った。サワムラは荒々しく恨めしげに息を押し出した。
「先生を何人か観察してみれば良いよ」と、店主はさらに続けて「それが、なかなか面白いんだ」
「だから、くだらないんだって」
 食器の洗い場にあるステンレス棚にトレイを置いて店主は言った。「もちろん分かっているよ。くだらないことはくだらない――これじゃ駄目かな?」そしてそのあと、男性店員の声から意識を逸らして店の開いたドアを抜けた。職場に向けて人通りのまばらな歩道を歩いていると、ふと無性に道を逸れたくなった。

 その日の夜、店主は動画の共有サイトにログインをして、サワムラの投稿した動画の視聴数を確かめた。昼間の通話中に聞いた回数から七回分がさらにカウントされていた。その他、サワムラの言ったように動画のコメント欄には新しい投稿があった。man equals manからの新規のメッセージも届いていた。受信したのは五日前だった。文面には親身で誠実な意見があった。
 店主は過去に交わしてきたメッセージをその一度目の投稿から順々に読み進めた。気付かないところで何か記述の内容に問題があったかも知れない。そう思って送受信のトレイに保存された内容をすべて交互に確認した。



man equals manさんにお訊きしたいことがあるのですが、あの二軒の家についてどう思われましたか?

珍しいと思いました。
私もお尋ねしてよろしいでしょうか?

お返事ありがとうございます。
おたずねください。

あの二軒の家には別の家主が住んでいるんですか?
動画の中には片方の家の表札しか撮影されていませんでした。ですから、二軒の持ち主が同一人物なのか別人なのか私には分かりませんでした。

私の記憶違いでなければ、たしか二軒ともに別の家主がいたように思います。

ありがとうございます。
ところで、どうしてまたこうして私にメッセージをくださったんですか?

参考までにman equals manさんのご意見をお伺いしたいと思ったからです。
もうひとつお訊きしますが、なぜあんな風変りな家が建ったのだと思われますか?

両家の主人が二人とも変わり者だからでしょうか。
ご本人方の性格だけではなく、両者のご関係にも依るでしょうね。
私も気になった点があります。どちらの家が先に建ったんですか?
両家の合意のもとで、家の設計が同時期に始まったんでしょうか?

一方の家の外壁にだけ経年の汚れが付いていたわけではありませんので、建築時期に大した年の開きは無いように思います。
man equals manさんが心理学にお詳しいものと拝察した上でお伺いしたいのですが、あの二軒の家をman equals manさんはどのように解釈されますか?

心理学的な見方をすれば、曼荼羅図が製作される理由は作者本人が精神の均衡を図るためであると言えますが、それと似た動機をあの家々に見出せなくもありません。ただ本来であれば、まず曼荼羅というものは個々人につき個別の形が取られているはずの物です。ですから他人同士がその形を寸分違わずに共有できるはずが無いのです。曼荼羅図は作者の手によって作り出されます。その製作工程を作者自身が踏まずに精神の治療は果たされません。家を作るのは大工や工務店であって施主ではありませんね。ですから、あの家の施主に純粋な自己精神治療の意図があったとは断定できません。
もちろん、二軒の家の外観を対称的につくる特殊性だけは無視できません。同じ種類の一般家屋をただ横に並べるのではなく、左右の方位に対する意図が明らかに加えてありますから、どちらかの施主の解離した意識を統合させるイメージがそこに含まれているものとも解釈できます。
前途の繰り返しにもなりますが、心理的な効能を欲した試みの結果だとは私は考えません。もし私があの家の前に立って何かを見るとすれば、それは施主の精神治療の意図でも創作欲求の具現でもなく、本人の自己認識の過程の一部のようなものではないでしょうか。たとえば、鏡を見る行為がそれに当たります。食事をしたり、文字を書いたり、買い物をしたり、そして、必要な物と不要な物を取捨する判断もまた広義的には自己認識の過程の一部に当たります。

ご丁寧にお教えくださりありがとうございます。大変参考になりました。

arisawamura様のお役に立てれば何よりです。
ところで、いちど済んだ話をこの機会にぶり返すのは不躾かとも思いますが、あの家の所在を私に教えて頂けませんでしょうか? 興味本位で現地にお伺いするのではありません。住人様やarisawamura様にご迷惑とならないよう重々心掛けます。

私の相談にお返事をいただいておいてman equals manさんのご誠意にお答え出来ないのは心苦しいですが、どうしてもあの家の所在地をお教えできません。

では、おたずねしますが、いつか私とお会い頂けないでしょうか?

私には一人息子がいます。いま息子には母親がいません。いろいろと難しい年頃ですが、これまで特に大事を起こさずに来ました。私の本音としましては、できれば一切の不安材料をたとえそれが間接的なものであれ、私共の周辺には引き寄せたくありません。いつか時期が来たときにまたご縁があればお会い致したく思います。
man equals man様には御恩を感じています。

差し出がましいようですが、奥様とは別居しておられるのでしょうか?

はい

人が過去の住まいを思い浮かべるとき、その当時に屋内で抱えていた長期的な感情までもが多少なり呼び起こされます。たいてい人は幼少時代の原風景を心の中に持っています。それを描き出そうとするとき、当時の住居とその場所にあった家族関係のありようが本人の脳裏を付随的に過ぎる場合もあることをお忘れにならないでください。
 
母親が要ると思われますか?

そう思います。ですが、再婚を急くのはお止めになるのが宜しいかと思います。子供は誰しも、両親に対して持続的な良い関係性を何より望んでいるはずです。
度々のことながら、差し出がましく大変恐縮です。

子供の年齢を見ながら再婚の時期を慎重に考えていくべきだとお考えですか?

先ほどの文面から想像するに、成長期のお子さんがいらっしゃるのでしょうか?
難しい年頃とお書きになっていましたが、よほど劣悪な家庭環境に育ったのでもないかぎり、心身の健常な子供たちの中には大人がそう感じている程にまで気難しい子供はほとんどいません。子供は自分で広げた視野の中に飛び込んで周囲の情報に溺れているだけです。その情報の中にいて自分の感情を取り扱う方法が分からず、具体的な考えもなくただ親に反発しているだけです。
たいていの場合、その期間は何事もなかったかにして終わります。ですが、まずそもそも子供の成長期というものは、その本人の親子関係を含め合わせずには正しく終わりを迎えません。
子供と外界との距離の調整が柔軟に行われるために親の担う役割は何かといいますと、それは血縁関係にある保護者としての役割であって、親子の他者関係を子供に適度に実感させる役割でもあります。親が親子関係のありように度を越えて神経質になれば、結果として両者のあいだに程良い他者関係が形成されずにあるものと言って良いでしょう。
お子様との良い関係が築かれることを。




 メッセージをすべて通して読んでみると、man equals manと面識を持つことに何の不都合もないように思えた。その本人の人格の質を疑う余地はほとんど無い。店主のそれが率直な感想だった。だがそうありながらも、動画のコメント欄に新しく投稿された短い一文を読んでいると、man equals manのメッセージの内容が微妙に霞んで見えてもくるのだった。――「住んでるやつの顔が見てみたいわ」――店主はそのコメントの嘘のない良心を潔く笑った。
 man equals manに対する最後の返信を終えたあと、サワムラとの昼間の通話を思い出して、動画のページを確認しようと管理者専用のページに移動した。すでに投稿動画の一覧からは動画が削除されていた。ページのアドレス自体が削除され、ブラウザ上に動画を視聴できない状態だった。そしてそれに加えて何より店主にとって、関連動画の縮小表示がすべて画面から消えたことが好ましく感じられた。
 最後に店主は自分のメールアドレスをman equals manに伝えて、気の軽くなった思いで動画サイトのアカウントを削除した。以後、そのサイトに登録してあったサワムラのアドレスを二度と使わなかった。

 それから一週間あまりが経った日曜の午後、入居を希望する男がセガワ家を訪れた。他県から電車を何本か乗り継いでバスを利用し、のべ三時間半程度の道のりとなった。
 セガワ家の縁側のシャッターが開く音に気づいて店主が自宅の縁側に出ると、隣家の縁側の話し声が窓辺にまで良く聞こえてきた。男は裏庭の広さに目を丸めて感嘆の息を吐いた。その男のそばに立って、瀬川知里の母親は人当たりのいい口調で物件の好条件を並べ立てていた。裏庭そのものやブランコに限らず、物件記事の詳細を読み上げるように彼女は話を続けた。夜は静かで、昼夜とおして治安が良い。築年数は少なく、水まわりの劣化や老朽化もない。清掃の済んだ床には目に付く埃のひとつもなく、隣人の人の良さは“この私の折り紙つき”。広い敷地に裏庭のついた、家電家具つき一戸建て――
 男を連れて家の奥に引き返すまでの間じゅう、知里の母親は自殺事故の件には一度も話題を変えなかった。車庫の無いことを除いて、セガワ家での暮らしには不便が何も無い。と、母親がそう言い切ったように、確かにそのとおりだった、それは店主の思うところでもあった。ひとりの青年の自死によって評価が下がるほど物件の価値はそう低くはなく、またその一件が近隣に知れていようがいまいがそれも一過的な懸念であるに過ぎなかった。青年の恋わずらいと死は、どちらも純文学の一頁の重みを持ってセガワ家の敷地の外へと雨風に流されていくのだった。
 そしてその後日、男はセガワ家に入居した。
 一年の単身赴任を言い渡された五十歳の既婚者だった。妻は他県に残してあった。「慣れてますよ」と男は店主に話した。赴任を選ぶ以外、他に仕事が無かった。経験してきた中でも一年の期間はまだ短いほうだった。彼の妻と義母の二人ともが涼しい顔で男を見送った。身ひとつで入居が出来る上に、数日のあいだ妻と義母を住まわせるにおいて家のつくりは申し分ない。夏になれば息子一家を招いて庭先で一杯やって、そして孫には準備してあった手持ち花火をやらせる。「正直、会社寮に住むのはもう こりごり です」と、辟易とした表情を顔に出して言ったあと、うってかわって気持ちを駆り立てるように「転勤族の面目躍如といった感じかな」
 店主は男の意気込む様子に気を楽にした。ドロテの退去には面を食らったが、それと同じ成り行きを少なくとも男の面構えには想像できなかった。ドロテが家を選ばず知里を選んだのだとしたら、男は紛れもなく住まいを選んだのだった。店主は無性に親しみを覚えて、十数年後に男のような顔つきで仕事を続けていたいと思った。
 男はその数日後から出社を始めた。彼の暮らしぶりには、社会に慣れた者の割り切った生活態度が根付いていた。数日おきには必ず洗濯物が裏庭に干してあった。帰宅が遅くなった夜にも窓を開けて屋内の空気を入れ換えた。庭には手づくりのバーベキュー用の調理台が据えてあった。60リットルの空のドラム缶を半分に切ってそれを市販のアルミパイプで作った台に載せてあった。夏場に向けた準備だった。男は気早くもバーベキューの予定を店主に伝えると、その調理台の手並みに自慢げな表情を浮かべて店主に参加の誘いをかけた。
 そこに男の精錬された父親像を見て取る一方、店主には些細な気掛かりもあった。
 セガワ家の庭に設置してあるブランコの台に、男は何の興味も示さなかった。人の背丈を越える台が庭の一角に置いてあれば、それを話題に取り上げて隣人とささやかな談笑をでも交わせそうなものだが、男はブランコ台を視界に滑らせるだけで何も言い及ばなかった。庭の周囲に立ち並ぶ生垣を高級住宅の生垣に例えて、小ざっぱりとした笑いを立てた。
 何のよこしまな考えが店主にあったのでもない。男の孫の話を聞いたばかりとあって、ブランコを使えるようにしておくのも良いように思った。ブランコの板は店主の家の庭のプレハブ倉庫に保管してあった。男はその提案を聞くと、店主の視線を目で追って裏庭の一角に顔を向けた。そして男はそれから淡々とした物言いで言った。
「あれを庭から撤去しても良いか、瀬川さんに訊いてみたんです。そしたら、それは駄目だって言われましてね」と、さらにその涼しい表情に弁解の口調を重ねてつづける。「僕だって、べつに邪魔にならないから構いませんよ、全然。孫なんか、ぜったい気に入るだろうし――でも、やっぱり、ちょっと情緒に欠けるかなとも思ったので」
 男の年齢からすればその意見はもっともだった。店主は明らかな同意をするに代わりにそれとなく頷いておいた。
「それに本当かどうかは分かりませんが、庭にブランコを置くのは、なにか人の性欲との関わりがあるとかで、それがどうも気になりましてね」と言って男は言葉を濁して店主から目を背けると、それが自分の年に不釣合いな話題だったと言い置いた。
「占いですか?」店主はただわけもなく訊いた。
「息子の妻が凝ってましてね」男は答えて口の隅で笑った。「ブランコなんて余計なことを話さなきゃ良かったなって――けど、今となってはもう遅いです」
「うちの庭に運びましょうか?」店主は思い立って訊いた。自宅の倉庫に置いてある工具を使えば、ブランコ台の解体ぐらい訳も無い。一時間もあれば作業をすべて終えられる見込みがあった。
 そんなご迷惑かけられません。男はかぶりを振って答えると、風の音に耳をすませて一年間の短さを言葉少なに話した。「案外、孫がブランコで遊んでいるのを見たりすれば、もうブランコの一台や二台、気にならなくなるかもしれません」
 そのあと男は気を取り直すように背筋を伸ばして息を吐き飛ばし、午後の用事に組み込んであった買い物をするために家を出た。駅前の自転車屋に中古品を探しに行く予定だった。男は自分の出張った腹を一方の手のひらで打ち鳴らして見せた。
 男はそのとおり恰幅のいい体格をしていた。その適度な愛嬌と世間を知った者の割り切りの良さを、店主は自分の将来の姿に重ね合わせた。具体的な将来像が頭に浮かんでくると、気がまた少しだけ楽になった。
 ブランコの一件の他に話しておくべきことは何も無いように思えた。

 店主が一通の封筒を投函してから二週間あまりが経った。
 セガワ家に住む男はその間、日々の暮らしを滞りなく送った。一週の休日を迎えれば、六段ギアと前カゴの付いた日用の自転車に乗って家を出て、町の散策と駅前での買い物に時間を多く取った。駅の界隈に建ち並ぶ食材店で買った品々を自転車の前カゴに積み込み、夕暮れ時になって仕事がえりの様相で家に戻ってきた。体を横に揺らしながらペダルを漕ぐその彼の姿を見かけると、それが他の何より気の休まる日常風景であるように思えた。店主はそのつど男と挨拶を交わした。
 店主は郵便ポストから封筒を取り出して、そこに整然と手書きしてある差出主の住所と社名を何度か見返した。その一通の返信が届くのを二週間のあいだ待ち続けていたのだが、いざ封筒を手に持ってみると、薄っぺらい紙袋に合格通知ほどの重みも感じなかった。首を吊った青年の父親が言ったように、その封筒の中身に七万円相当の価値があるとは思えなかった。店主はそれから家に戻ると、カッターナイフで切り開いた封筒の中から数枚のコピー用紙をまとめて指で摘み出した。

       検査結果報告書

〇〇様

検査項目:樹木DNA同定検査
検査方法:塩基配列決定法
検体名:サンプルA

同定結果:同定不可

所見:
 検体のDNA増幅工程においてDNAの増幅が認められたものの、樫/カシの類似遺伝子を母系とした複数種の遺伝子が混在していため、国際塩基配列データベースと比較照合した結果、検体のDNAに該当する既存の樹木を特定できませんでした。生物分類上、遺伝性と環境性を原因とした樫の変種であるものと考えられます。
 以上が試験結果に基づく所見となります。
 なお、種子の表面にはタンパク質分解酵素や塩酸など、有胃魚の胃液中に含むと思われる成分が検出されましたが、その成分自体には匂いとの関係性が認められませんでした。

 貴殿のご質問にあった糖分の由来につきましてお答え申し上げますと、一般的には加水分解と呼ばれる技術によって木材からブドウ糖が生成されます。林の生態系を決定する程の高糖分因子を有する木の発見も報告されており、今回お送り頂いた検体もまたそれと同様の性質を持った樹木の種子であるものと思われます。
 ただし本来、種子の糖分自体に匂いはございません。何らかの環境特性が要因となって貴殿のお手元にあった種子から匂いが出たものと思われます。


 試験料金と致しまして下記の金額をご請求させて頂きます。同封の振込用紙を銀行もしくはコンビニエンスストアにお持ちになってお支払ください。

70,000円

 また弊社では〇〇県内にある○○科学技術研究所への新種同定検査のご依頼も承っております。新種の同定をご希望の場合は、別紙『委託規約』をお読みになられた上、同紙記載の電話番号もしくはウェブページにてご連絡ください。

 この度、試験のご依頼を頂きまして誠に有難うございました。

食品分析総合技術センター
〇〇県〇〇市〇〇町3-2-6
〇〇リサーチセンタービル
TEL 2525-25-2525
検査責任者 中井英道





-- 続きを読む --



 



姪姉妹です。
二人は梅の収穫期の多忙に関係なく普段どおりに遊びます。真剣な目つきで何かに取り組んでいるかと思えば、甲高い声を上げて走り回ります。
屋内で鬼ごっこをする際の、楽しさと緊迫の混ぜ合わさったその表情が特に生き生きとしているように見えますが、ただ、その緊迫感を顔に出しているのは姉のほうだけで、一方の妹の表情には緊迫感がまったく見受けられません。妹は平気そうな顔をしながら、「あー」と声を上げて姉のあとを追います。歳を経て子供の表情が豊かになってくるのだろうと、この二人の様子を見ていると、そう思えてきます。
もしかすると、なぜ自分が追いかけられているのか、と、そのとき妹は自身の立ち位置をはっきりと理解していないのかもしれません。鬼役から逃げることよりも、姉のあとを追って走ることのほうに意識を強く向けている、そんな感じです。

「鬼ごっこ」は大人への第一歩 密着レポート(10) WEDGE Infinity(ウェッジ)







 

DSC00702s.jpg

サツマイモの芽と葉脈などです。
よく見ると、うすい紫色が葉の周りを細く巡っています。







 



きな粉の中で転がしてから3分あまり経ったワラビ餅です。
地元の製麺メーカーが作ったワラビ餅です。

先日、インターネット上に載っていた簡単レシピを見てワラビ餅(正しくは片栗粉玉)を自分で作ってみましたが、その粉玉は冷蔵室で一日置いておくと、歯ごたえが無くなって不味くなりました。げんなりするぐらい不味かったです。

わらびもちについて。 - BIGLOBEなんでも相談室







淑々として裏庭 26 

 午後十時を過ぎ、帰宅途中の路上に近隣住人らの姿は無い。 電車を利用して繁華街に向けて四駅も移動すれば、その街のどこそこに仕事帰りの者らを数多く見受けられるが、店主の住まう住宅地ではその姿がまずほとんど目に付かない。 以前であれば彼はそんなとき、どことなく薄ら寒いような、それでいて同時に深い安堵にも似たような思いに浸ったものだった。 皆、本当に帰ってきたのだろうかと冗談まじりに懐疑しながらも、むしろその住民らの見当たらない町並みに味わい深さをすら感じてもいた。 それがいつからか、住宅地の静けさや窓に囲われた室内灯の明かりが一日の夜を示す記号として彼の視界の隅を滞りなく流れていくようになった。 といっても毎日の習慣によってその記号化が起きたのではない。 以前とおなじく道路脇に立つ防犯灯の球切れをたった一度でさえ見掛けたことはなく、酔い潰れた会社員はおろか本人の吐瀉物にすら出くわすこともない。 住民の精神的な環境としては以前からすでに適度な質を備えていたが、しかしそこにきて数年前の区画整理を機に土地の文化形成がまたひとつ進み、それにともなって町並みと住人の歩き方にもまた変化が起きたのだ。 帰路をまっすぐ歩き抜けるにあたって見通しは申し分ない。 路上に吹く風の主流に沿って人が歩いているようなものでもある。 数多くの防犯灯が等間隔に路面を照らし出し、その薄明かりは住人らの移動範囲に渡って区内を巡っている。 整理された町並みには風土と歴史の印象の薄まりが感じられ、家々の静かな面構えが夜中にひっそりと僅かに浮かび上がる様子がただひどく余所余所しい。

 店主は何の気構えもなく自宅の門柱を通り抜けて玄関ポーチに目を凝らして立ち止まり、次に取るべき行動を思いながら目先の状況を眺めた。 ひとりの見知らぬ少女が玄関灯の下で肩をすくめて立っていた。 グレーのダウンコートとブルージーンズを身丈ぴったりに着て、両手をコートのポケットに入れ、まれに両膝をばねにして軽く全身を小刻みに上下させていた。 足元には中型のショルダーバックが置いてあった。 ダウンコートのフードが目深に被せてあり、そのフードの両脇からは長い横髪が垂れていた。 声を掛けるかわりに店主が左右の手のひらを軽く二度打ち合わせると、その音を聞き取った少女が一息をおいて玄関先に顔を向けた。
「やっと来た」 少女は口から体温を溢してわずかに身震いをすると、もったり重々しく瞬きをしてからセガワ家の方角を顎で指した。 「あのひと死んだよ
 店主は自分の耳を疑い、少女の発言に奇妙な音の響きを感じた。 その シ の乾いた語感が 死 という言葉の本来の意味にはそぐわない。
「このまえの人、いたでしょ」 と少女は言った。
 店主は少女の次の言葉を制しようと、両手を前にかかげて石敷きのアプローチを歩き始めた。 その足取りはひどく緩慢としていた。 「人が死んだ?」 と、声を抑えつつ語尾をやや吊り上げて訊くと、対する少女が視線をわずかに落として一度うなずいた。 その表情に注意しながら店主は相槌を何度か重ねて見せて、少女にその場で留まっておくよう事務的な口調で伝えたあと、ビジネスバッグをかいこんで自宅の前の町道をセガワ家へと向かった。 隣家の門柱から表通路に立ち入り、前日の草刈りの成果を横目に歩を進めながら、 先の少女の言葉をもとにして彼自身のまだ記憶に新しい人物を思い返した。 そしてその人物の死後の容貌に対する心積もりを済ませたところで、ふと店主は少女の言葉に何の信憑性もないことを思った。
 ところが実際には少女の言ったとおり、人が首を吊って死んでいた。 着衣が先日のものとは違っていたが、店主には当人の背丈や体型に確かな見覚えがあった。 夜の薄闇に滲んでいるせいで死後変化の有無が目には見えない。 白い布が男の頭部にぐるりと巻き付けてあって、少なくとも男の人相からそれを人の死であるとは判断できない。 店主はその男の顎下の高さにまで懐中電灯の明かりを上向けて、顔を照らし出すのはやめた。 ブランコ台の金属棒にはネクタイではなく腰ベルトが引っ掛けてあり、男の体はブランコの正面ではなく側面を向いていた。 左右の腕が体の両わきに垂れ下がっていた。 靴先が地面に着いていた。 上体をいくらか前にかたむけて膝を折って腰を落とし、ちょうど足休めのために椅子に座ろうとでもしているようだった。 ブランコ台の頂点に渡してある金属棒からは二本のロープが垂れ下がり、そのロープは輪状の腰ベルトに比べればずいぶんと細く見える。 店主はセガワ家の裏庭の端に立って、目先に浮かんだその静かで平べったい光景を無表情に眺めていたが、やがて彼は手に持っていた携帯電話の照明を切って手早く電話機能を立ち上げると、119の番号を押そうしてその手をとっさに止めた。 それから彼はもういちど携帯電話の照明を付けて後ろを振り返り、さっき来た道をたどってセガワ家の玄関先へと向かった。 自宅のリビングから最も離れた場所として、とにかく家の敷地を覆っている生垣の外側へ向かうべきように思った。
 その間、せいぜい十分足らずといったところだ。
 店主は自宅の門柱を抜けて敷地に入ったところでまた手のひらを二度かるく打ち合わせ、玄関わきに立っている少女の注意を引いたあとに何度か手招きをした。 少女はショルダーバッグを玄関ポーチのタイルに置いたまま店主のもとに歩み寄った。
「救急車を呼んだよ」 と、店主は携帯電話を片手に言った。
「もう間に合わないと思うよ」 と少女は言った。 その語尾にはわずかな掠れが帯びた。
「たしかにもう間に合わない」 と店主。 「だけど、救急隊の人に死亡確認を取ってもらわないといけないだろう?」
 それを聞いて少女は一人の男のからだが静止する様子を思い起こした。 当時、少女は男が息を吹き返すのを恐れていた。 人の死ではなく蘇生を怖れた。
「それより、君はあの男とは知り合いだったのか?」 店主は左右の手を膝に突くと、すっと腰を落として気兼ねない口調で訊いた。  少女は店主の顔を斜めに見下ろし、ごく微かに首をよこに振って “知らない” と答えた。
「あんな人目に付かない場所で誰かが死のうとしているところにたまたま居合わせるなんて、君はかなり運が悪いぞ」
 と、店主は目尻にうっすら皺を寄せて言った。 気軽な冗談を含ませたつもりだったが、少女の表情には何の変わりもない。
「また戻ってくるだろうなって思ったの。 だから私、おとついも昨日もここへ来てた」
 店主は少女の発言の真偽を思って黙り込んだ。 少女の先の言葉を振り返ってみれば、つまり数日前にセガワ家の裏庭で起きた自殺未遂の件を少女が見知っていたということになる。 「君は、私がとなりの家の庭にいるところを見ていたんだな」
 すると少女はどことなく小動物を想わす挙動で一度だけ小さく頷いた。
 店主はそれからまた携帯電話をスラックスのポケットから取り出して、その液晶画面に現在の時刻を確かめて言った。 「それで君は今夜もまた、あの男の様子を見ていたわけだ」
「自分の家にもブランコがあればよかったって、あのひと言ってた」
「話をしたのか?」
「独り言だったんじゃないかな」
 男の独り言であったことの可能性を思って店主は相槌を打ち、そうかもしれないと思った。 顔に巻き付けた白地のタオル越しに男が辞世を、それも少女の視線に気付いていながら素知らぬ振りをして声に出したとは思いたくなかった。
「まだまだ君にはいろいろと訊きたいことがあるんだけど、でも、もうこのあたりでそろそろ家に帰ったほうが良いかもしれないな」 そう言って店主は携帯電話の画面を手元に見下ろし、現在時刻を読み上げたあとにまた少女の顔を見上げて 「君はこのあたりに住んでいるのか?」
 少女がにわかに怪訝な表情を見せる。 「まあまあ遠いよ」
「君のお父さんかお母さんと話をさせてもらえないかな」 そう言って店主は携帯電話を少女の前に差し出す。 「これを使ってくれて良いから」
「電話なんてしたら親にばれる」 と、少女は両手をダウン・コートのポケットに入れて、店主の顔からさっと視線を逸らした。
「私の身にもなってくれ」 店主は声に気苦労を滲ませて言った。 「君を家まで送り届けるか、ご両親のどちらかにここまで迎えに来てもらうか、そうだな、もしくはタクシーをここに呼んで、君の手に数千円を握らせるか――とにかく何かしらの方法で君を家に帰さないといけないんだよ」、そのあと眉間にうっすらと皺を寄せて首を振った。 彼は救急車の到着を待たなくてはならず、その彼自身が少女を家に送り届けられるはずがない。
 少女は店主の顔に視線を戻した。 目の前で膝を折って座っている男のことが少しだけ哀れに思えた。
「もうあまり時間がない」 店主は少女の首元のあたりを斜めに見上げながら言った。 「だから、そうだな――ここで二つ提案させてもらうよ。 もし、その提案のどちらかを君が選ばないなら、もう君の好むと好まないには関係なく、私の判断におとなしく従ってもらわないといけなくなる」、そして彼は少女から目を逸らし、「まずひとつは、そのうち警察がここへ来るまで、私と一緒にここで待つ。 君は第一発見者だから、本来であれば事情聴取を受けないといけない立場にあるんだ。 警察から訊かれることにすべて正直に答えないといけない。 何も後ろめたいことをしていないんだから警察にびくびく怯える理由も無い。 もちろん何か話したくないことがあるなら無理には話さなくても良いけど」
 そこで言葉を切って店主は少女の反応を待った。 少女は自身の頭に手を寄せてダウンコートのフードを少しだけ引き上げた。
「でも、身元を訊かれたらそれだけはちゃんと答えないといけないだろうな。 君の名前や家の住所や、それに電話番号やら何やらを知っておくのは彼らの職務のひとつだからな――君の家に電話をかけてお父さんかお母さんと話をして、この場所か、もしかしたら警察署まで、君を迎えに来てもらえるようお願いしないといけない」
 少女は先と変わらず無言に店主の顔を見下ろしている。
「そしてこれが二つめ。 このあとすぐに私の家に来て、警察がいなくなるまでのあいだ静かに身を隠しておく」
 店主はそれから視線を少しだけ落とすと、自宅のほうを眺めやって彼の息子について静かな口調で話を切り出した。 「――中学一年で、性格はどちらかといえば大人しい。 あまり人見知りはしないから、きっと誰とでも仲良くやれると思うよ、たぶん――もしかしたら女の子には消極的な態度を取るかもしれないけど――でも、まず少なくとも、うちの息子は君に危害を加えるようなことはしない」 そう言って店主は立ち上がって今度は少女の顔を見下ろすと、もの思わしげに息をついた。 「このあと君がひとりで家に向かっている途中、もしどこかで殺し屋とばったり鉢合わせでもしたらどうなる?――君は酷い目に遭って、私がとても嫌な気分になる」
 少女は肩を小さくすぼめて 「そうね」 と、切々とした情感を込めて言った。 目の前にいる男を哀れに思う一方、ほんの僅かながら愛おしくも感じた。 ジーンズの布地をとおして夜の冷気が脚を冷やす。 風呂に入りたいと少女は思った。

 その陶器を玄関の靴箱の上に置いたのは店主だった。 以来、ずっと同じ場所に置いてある。 造形をした店主の息子にはもちろんのこと店主自身にでさえ、それがそこに置いてある理由をはっきり見て取ることができない。 店主の息子はその陶器を記憶の拠り所として妻のセガワを思い出そうとはしないし、一方の店主にしてみても、それを息子の記念物として靴箱の上に飾っておくつもりは初めから無かった。
 店主は内玄関の土間から段差のついた横木へと一歩を踏んで、「さて」 と、溜息まじりの一声を漏らした。 そしてそのあと靴箱の天板にある置き時計を見て時刻を確かめて、すでに足元の床に並べてあったスリッパに足先を引っかけた。 靴箱の右端にある片開きの戸を開けて、中から取り出した客用のスリッパを床に並べ、そうして斜めに傾けたばかりの上体を小さな掛け声に合わせて起こしていく。 「気楽にどうぞ」 と、店主は気軽な口調で言って廊下に足を踏み出す。 その彼の背後に 「おじゃまします」 と、少女の声が響きを立てる。
「しかしまた、なぜ君はわざわざこんなところまで来たんだ?」 と店主は訊いた。 「このあたりには君の喜びそうな場所なんてひとつも無いように思うんだけど」
「知らないところへ行きたかったから」 と、少女は気のない声で答えた。
「ここはそんなドラマチックな場所じゃないだろう」
 少女は靴箱の上に置いてある陶器をじっと眺めていたが、その陶器をひょいと手で掴み上げてから店主の後を追った。 「これはこれで良かったんだと思う」 と少女は微笑した。
 店主はさも感じ入ったように相槌を打って 「それは良かった」 と口早に言い終えるが早いか、ついで歩を止めて後ろを振り返り、「ひとつ君に頼み事がある」 と、少女の前に掲げていた両手を下げてから語調を弱めて言った。 「隣の家で起こったことを息子には話さないで欲しい」
「どうして」 と少女は囁くように訊いた。 その顔には関心の色がうすく帯びていた。
「あそこは誰か人が死んで良いような場所じゃない」
 大切な場所ってことね、と少女は眉を寄せて言った。
「正直に言えば、他にもまだ込み入った理由があるにはあるんだけど、それはまた別の話だ」
 わかった――そう言った少女の顔の表情にわずかな陰りが差した。 それから少女はちょうど前に向き直ったばかりの店主の後ろ姿をじっと見上げながら、今こそとばかりに 「あの」 と、声にはずみを付けて言った。 「わたし本当は、この家と、となりの家を見に来たんです」
 店主はうわごとを漏らすように一言で相槌をみじかく打ったあと、すぐに立ち止まって背後を振り返った。 「この家を動画で観たから」 と、少女はそのあと事実を偽りなく口に出して言うのだが、対する店主の耳にはその言葉の意味と句切りの位置が正しく伝わらない。 どうがでみたから
家がひとつに見えるって話だったんだけど」 と、店主に構わず少女は言った。
 店主の表情がやや強張る。 「どういう意味かな」
 少女は怪訝な表情を浮かべてショルダーバッグから携帯電話を取り出し、その液晶画面を他方の手の指先で小突いて見せた。
 



-- 続きを読む --



 



積み木です。
たぶん僕の母がこのつくり物の家屋に当たる部分を担当したのでしょうが、それ以外の、とくに四角物と三角物の横並びするその何らかの構造部をつくったのは姪一歳でしょう。
畳の縁、もしくはカーペットの小豆色の枠の上に 小指サイズのソフビ人形 か ミニカー をでも配置すれば、また違った趣が出るかもしれません。 そのソフビ人形を (上の画像の中央・右下寄りの箇所に見られる) 三角物の溝 に落とし込んで、「はやく引っ張り上げてくれ」 と、姪一歳に訴えかけるのも一興かもしれません。







 



姪一歳です。
姪三歳が親に子供用のピアノを買ってもらったらしく、いつか姪との合作をもくろむ今日この頃です――出来ることなら本人が鍵盤のドレミの位置を知らないうちに一度。







 



姪(1歳)の靴です。全長13センチぐらいです。靴の底面はほぼ平らで、その点において幼児用の靴というのは特殊な作りになっていると言えるのかもしれません。靴の底面に凹凸が出来ていると、うっかり地面にある何かしらの突起物にその凹凸を引っ掛けて転ぶおそれがある――のかどうか、その正確なところは分かりませんが、とにかく靴の底面がほぼ平らに出来ています。

子供の足のための知識|靴の選び方|靴について|MoonStar







 

S__13148194.jpg

mynaです。
8月17日のBIGCAT出演時に撮影された画像です。

myna - official website
-- 続きを読む --



 

RIMG2623.jpg

konoです。
HERZというブランドの革製品の匂い、というよりも、革に染み込んでいるそれはオイルの匂いなのかもしれませんが、その微かに甘い匂いを含んだ(なんとなく知性と気品を感じさせるような)芳香を嗅いでいると、HERZの他の製品を何か買いたくなってきます。といって、同社の販売サイトに掲載されているウン万円の鞄に対して格別な魅力を感じるその一方、ただただ革の端切れの匂いを嗅いでいるだけでも良い具合に気が満たされていくように感じられ、そうなるともう、そのウン万円の鞄の価格・実用性・デザインなどを総合的に見た現実的な面白みのない価値判断をしか付けられなくなってきます。そして同時に、その鞄が僕自身にとっての “あこがれ” でなくなり、思考対象でなくなり、見ることの対象でなくなりました。あこがれは単純でした。あこがれは僕自身の腕をいつまでも引っ張ってくれませんし、また僕の背をいつまでも押し続けてはくれません。あこがれは僕の姿をじっとは見ていませんし、あこがれは一枚の革の端切れよりも手近にはありません。
この今日の一日を振り返るとき、この一枚の革の端切れが手元にあったことをまずはじめに思うことにしよう。――というのが、昨日自宅に届いたばかりのデスクマットを手のひらで撫で回しながらウン万円の鞄の商品ページを閉じる僕の思うところです。

鞄・レザーバッグのHERZ公式サイト【手作り革鞄と革製品】

革サンプル帳・副資材 : 協伸オンラインショップ [レザークラフト革材料 通販]