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裏庭のバジル 11 



 夕暮れの気配はすでに失せて、身をこごめた歩行者らを夜気がうすく覆っていた。 わたしも彼らも薄墨の液中に沈んだように色褪せていた。 セガワ家の夕食にシチューが出されることを知る者は誰もいない。 それを知っているのは私だけだった。
 一日の仕事を終えて職場を出たあと、自宅に電話をかけて息子の不在を確かめた。 そして、帰路から少しばかり道を逸れたところにある薬局に立ち寄り、子供用の歯磨きセットと小型のヘアブラシを探して店内を歩いた。 歯ブラシの売り場から化粧品売り場へと移動して、子供の手に馴染みそうな小型のヘアブラシを探してみるが、そのどれもが大人用の物ばかりだった。 そこで、近くの売り場にいた女性店員にその商品の所在を訊ねてはみたのだが、ヘアブラシの販売コーナーに視線を巡らせながら彼女が――子供用なんてものを見たことがない――いずれあなたの息子の手のほうが大きくなる――などとでもいうふうに福々しい表情で言うものだから、なるほどと、わたしは木製の取手が付いた標準サイズのヘアブラシを買うことにした。
 商品をレジに通してから店を出て、そのあと職場の最寄駅から電車を乗り継ぎ、延べ三十分あまりをかけて家路を辿った。 薬局に立ち寄って息子のための生活用品を買うこと以外には、どこに寄り道をして時間を費やす目的もなかった。 デパートや食品スーパーの広々とした店内を巡り歩いたのではないし、映画館のスクリーンに映る非日常を追体験したわけでもない。 イヤホンを両耳に着けてクラシック音楽やラジオ放送などを聴いていたのではないし、違反駐車を警察官が取り締まる現場を見掛けたわけでもない。 長年のあいだ繰り返してきたそのおよそ三十分間をかけて、ただただ通勤路を移動した。 そしてそのあと自宅に通じる道の路肩を歩きながら遠くに視線を投げたとき、時間の粘度が高まりでもしたふうな違和感をわたしは覚えた。
 道路灯の明かりが自宅の玄関戸のあたりにまで薄っすらと拡がっていた。 道路ぎわに植わっていた生垣がすべて根元から切り払われているだけのことはあって、視界を広く取ってみれば、自宅そのものがいくらか縮小したかにも見えた。 遠目に見るかぎり、玄関先の敷地がずいぶんと広くなったようでもあるし、家屋前面の道路の幅がいくらか広がったようでもある。 またそうして生垣が切り払われるにしたがい、石づくりの二本の門柱が自宅の敷地と道路との境界線上に直立する恰好となり、ちょうど石碑か何かの造形物がそこに立っているようにも見えた。 その生垣の除去作業が同日の昼間に行われることを前もって夫のほうのセガワから聞かされて知ってはいたが、しかし実際にその作業の結果だけを目の当たりにすると、まず清々とした感を覚えるに次いで、そのように感じる理由が家屋の一部分の損失にあるようにも思えてきた。 家屋の一部分の損失――それはなにも私の家に限った話ではない。 おなじく道路に面しているセガワ家の軒先もまた、なんとも見るに寒々しい有様を晒していた。 生垣は失われ、二本の門柱の影が彼らの家の軒下にむかって伸びていた。
 そしていよいよ自宅の前にまで来てみると、それまでにも増して隣家の窓の明るみが目に付いた。 その窓に閉じてある両開き式のカーテンに人影が映るのを待ったが、いつまでたっても室内の明かりだけが窓枠に四角く示され続けるだけだった。 セガワ夫妻とひとりの少年が台所に集まる様子がわたしの脳裏に浮かんだ。 両家の敷地の周りを歩いてみる気にはなれなかった。
 手持ちのスペア鍵を使って息子が戸締りをしたに違いなかった。 自宅の玄関の扉には鍵が掛けてあった。 おそらく、家の軒下の玄関灯を点けておいたのも彼であっただろうが、どういうわけか、内玄関の天井照明までもが点けてあった。 わたしは下足場に息子の靴が無いことを確かめておいて、それから靴箱の上に玄関の鍵を置いて家に上がった。 台所の冷蔵庫に張り付けてあるホワイトボードを見ると、そこには息子の外出先と、その出際の時刻がたどたどしい筆跡で記してあった。 調理場の流しには空のグラスが一個置いてあり、その底には牛乳の飲み跡が残っていた。 風呂場の脱衣所には彼の下着や靴下などが脱ぎ捨ててあり、息子の部屋の学習机のわきには通学かばんが引っ掛けてあった。 わたしは自分の寝室で普段着に着替えて、自宅の裏庭に面する縁側へ足を向けた。 両家の裏庭の境界を成していた生垣はすべて切り払われていて、そこには芝生の丈の違いが認められるだけの横長の空き地が広がっていた。 そのように縁側に立って家の裏手にある町道を見渡したのは、その町に住所を得てから初めてのことだった。 わたしはそれから屋内に引き返して、歯磨きセットとヘアブラシの入ったレジ袋を手に持って家を出た。 セガワ家の玄関前に立ってインターフォンのボタンを押すと、しばらくして開錠の硬い音が鳴った。
 開いた扉の向こうに夫のセガワが立っていた。 セガワはわたしの息子が在居中であることを話して、そのあと夕食の同席をわたしにすすめた。 だが、わたしには始めからその気が無かった。 できれば妻のほうのセガワに直接会って、翌日以降の息子の外泊希望を却下するよう、たがいに口裏を合わせておきたかった。 とはいえ、もちろんのこと、目の前にいる夫のセガワを結果として出し抜くような事態には決して立ち至らないように、こちらから上手く働きかける必要がある。 そこでわたしは自宅から持参したレジ袋を夫のほうのセガワに預けて、それを息子に手渡してもらえるよう頼んだあと、そのわたしの息子が母性の代替をするために妻のセガワを慕っていることの可能性について夫のセガワに伝えた。 すると夫のセガワは、レジ袋の中身を見下ろしながら、すでに妻から話を聞かされているとの返事を寄こした。 その彼の話によれば、妻のほうのセガワがわたしの息子を数夜にかけて彼らの家に泊める気でいるのだという。 夫のセガワの口調や表情を見聞きするかぎりでは、彼の誰に対する否定的な態度も見出されはしないが、それは、ただわたしが彼の口調や表情から当人の心持ちの一端すら推し量ることができないだけのことだった。 すくなくとも私にはそれが出来なかった。 なにをもって隣家の夫婦関係に溝が入るとも知れない。 はたしてセガワ夫妻が彼らの生活の一部分として子供というものの存在を受け入れられる、もしくは良心的に受け流すことが出来るのかどうか、当時のわたしにはまったく思いも寄らなかった。
 おそらく、その一介の父親の心持の揺れを、わたしの表情に読み取りでもしたのだろう――夫のほうのセガワは自身の妻の真意を知ってか知らずでか、なにも心配は要らないのだと言った。 彼女に任せておけば大丈夫ですよと。

 その後、息子の外泊が始まってから五日目の朝、わたしは妻のセガワの指定した時刻に合わせて自宅の玄関先に立っていた。 するとそれからまもなく息子が自宅に戻ってきた。 二日目と三日目の朝では違いを感じられなかったその彼の姿が、妻のセガワの長身と並んで自宅の門柱を通り抜けてくるのだが、その彼の静穏とした表情や、セガワの顔をななめに見上げる仕草などからして、ひとまず事が落着したものと考えて良さそうだった。 わずか四夜のことではあったが、わたしのいっさい関知しないところに息子の生活体験がなんとか果され、そして、我々の父子関係の領域にある不可視の境界線とでもいうものが、ひとりの外部者の手を借りて好ましく引かれたものと、わたしはそう思いたかった。 その境界線のこちら側にわたしがいて、向こう側に息子がいる。 それは断絶ではなく解除であり、息子とわたしの対人関係から血縁の煤をいちど払い落とす儀だった。 ――とにかくも、彼の人生の重要な一幕をわたしに夢想させるほど、その朝の光景は印象深くあった。 何かが特別だったわけではない。 わたしはただ家庭の内部に立ちながら、外部を歩いてくる息子の姿を眺めていただけだった。 当日の空模様が格別に良かったのでもないし、小鳥の群集が家の周囲に押し寄せて愛の讃歌をわめき散らしていたのでもない。 それは普段と何の変わりもない朝のことだった。
 息子は外泊に出るのをやめた。 玄関には彼の運動靴が置いてあった。 リビングの戸は閉じていたが、テレビの甲高い音声が部屋から漏れ出して内玄関のほうにまでその響きを伝えていた。 時刻にして午後六時か七時といったところだ。 以前であれば、リビングに置いてあるテレビの前に居座ってアニメ番組かテレビゲームに没頭しているはずが、どうやら、あの宿泊期間をとおして自発的に続けていた習慣がまだ身に付いていたらしく、息子は腕まくりをして風呂場のタイル床に立ち、三十二度に調節された湯が浴槽に溜まっていくのをじっと見下ろしていた。 それから数日後にはもう以前のとおり、風呂の準備をわたしがすることにはなるのだが、以降の毎晩、彼はひとりで風呂に入り続けるようになった。 そしてまたその一方で、やはりセガワの影響のもとにおなじく心境の変化があったと見えて、わたしの帰宅を待たずに親の寝室に立ち入って、押入れから一枚の毛布を引っ張り出し、それを彼自身の部屋のベッドの上に広げてありもした。 以降、息子は起床後のベッドメイクを心掛けるようになり、結果としてそれはおよそ四週間にわたる彼の毎朝の習慣となった。
 その毛布の一件というのが、のちにセガワから聞いた話の内容と関連することにもなるのだが、あの五日間の外泊期間において、セガワはわたしの息子を毎晩つづけて彼女のベッドに招き入れたのだった。 その彼女の行為の意図に沿った成果を我々が得られたのかどうか、すくなくとも私には分からない。 ただ、息子が外泊をやめたという事実に加え、彼女・セガワの口ぶりからも推察するかぎりは、おそらく我々両家にとって好ましい結に至ったものと考えて良いだろう。
――私が何をしたか訊きたいか――とセガワは言った。
――結構だ――と、わたしが返すと、――残念だ――彼女はそんなふうに言ったのだ。




『妻のセガワとわたしの息子2』