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裏庭のバジル 21 



 妻のセガワは開いた玄関の扉に片手を添えたまま戸口をくぐり、ななめの視線を背後に寄せて店主を屋内に招き入れます。 店主はブランコの踏板を内玄関のわきにしつらえてある靴棚の天板に置きます。 店主にしてみれば、過去に一度だけ息子と一緒にセガワ家を訪れてから三年あまりが経っています。 その三年のうちに夫のセガワが失踪者となり、それからつぎにまた妻のほうのセガワも同家を離れて別の土地で暮らすことになろうとはついぞ思ってもみず、いったいどういう因果でそうした一家の離散が起きうるだろうかと、わずかながら同情を込める一方――わたしは絶対に家を手放すものか――そんな気概も少なからずは込めて、セガワ家の内玄関にぐるりと視線を巡らせます。
「これ、どうぞ」 妻のセガワは店主の目の前に腰を落とすと、上体を前にかたむけて下足場の床板にスリッパを置きます。 「リビングのソファにでも座って待っていてください」
 そう言って彼女は身をひるがえし、廊下の壁に埋め込んであるクローゼットの開き戸や、リビング・ダイニングの一室の引き戸の前をよぎって廊下をまっすぐに遠ざかります。 セガワの履いている室内用のスリッパが廊下の床板に涼しげな擦れ音を立てるたび、その音の短い響きが内玄関にまで鳴り渡って消えます。 店主は、セガワの姿越しに廊下の突き当りを見やり、それから彼の自宅の屋内にある一角をすばやく思い浮かべます。 脳裏に浮かんだ自宅とセガワ家の間取りを対比して、これからセガワが向かおうとしている場所におおよその見当を付けます。 そして彼はそのあと唐突にそれらの想像の無意味を思い、ふと足元のスリッパに視線を下げてから、もういちど廊下の突き当りを見やって言います。
「玄関で待たせてもらうよ」
「どうしてですか」 と、セガワの声が家の奥に上がります。
「リビングの場所は、よくご存じでしょう?」
「どうしてだろうな」 店主はセガワに調子を合わせるつもりで答えると、いくらか表情を軽くしてスリッパに足を通し、すでに意中にあるリビングに向かって廊下を歩き出します。


 とくに意味は無い、そのように答えたのは夫のセガワでした。
 本人がまだセガワ家に住んでいた当時、家の間取りを書き変えた理由について店主が夫のセガワにそれとなく訊いてみると、夫のセガワはそれが自身の妻の提案であったことを気軽な調子で答えました。
 セガワ家の本設計や概算見積を取る段になって、建設会社の担当者の口から (契約前の接客時において、それがその担当者本人の示しておくべき良心であるとでも言えるかもしれない) すでに基礎工事の始まっていた店主の自宅と、まだ見ぬセガワ家がおなじ造りの商品であることがセガワ夫妻に伝えられました。 以降、妻・セガワの希望によって家屋の間取り図の書き換えがおこなわれ、その後、建築の着工準備から地鎮祭を経て、両家の間取りの目視が可能となる基礎工事の行程に移ります。 妻のセガワが間取りの変更希望を申し出た際に、建築会社の担当者は夫妻を目の前にしてそれが妻のセガワの冗談であることの可能性について言葉みじかに口に漏らし、おまけに担当者は夫のセガワに向けて不安めいた目くばせをまでしたものでした。
 夫のセガワはその過去の一件を話題に上げたあと、彼自身の妻にまつわる他の逸話に移ろうとして言葉をつむぎながら居住まいを正します。 そこで一方の店主が話の仕切り直しをするつもりで、夫のセガワにもういちど先とおなじ疑問を投げ掛けます。

 ――とくに大きな意味や深刻な理由は無いのかもしれません。 たとえ意味や理由が何かあったのだとしても、僕にはそれが何なのか分かりません。
 もちろん、まずはじめに妻にはいくつかの確認を取ってありました。 なにしろ、その頃はまだ購入の契約前でしたので、別の家を選び直すことだって出来ましたし、どうしても間取りの変更にこだわるなら、ハウスメーカーの担当者に相談して無茶のない間取りを考えていくほうが、なんといっても賢明ですよね。 もしくは家の購入を延期して、家の間取りを自分たちですべて初めからプランニングしていくことも出来ました。 自宅のパソコンに簡単な設計ソフトを入れておけば、じっくり時間をかけて家づくりが出来ますから。
 だけど、妻は初めから――というか、あなたの家と僕らの家が同じだということを知ったあとにはもう、家の中身をひっくり返してしまおうと考えていたようです。
 ――もしかしたら妻は、図形を描いている気にでもなっていたのかもしれません。 その、彼女自身の職業柄というわけではないですが、あなたの家と僕らの家が向い合わせの造りになっている光景を想像して、そのアイデアに固執していたのかもしれません。
 ただ先ほども言ったように、実際に妻が何を考えていたのか僕には分かりません。 妻は彼女自身にとって本当に大事なことのいくつかを口に出しては言わないんです。 たとえば、陶芸教室の資金集めに困っているとか、体の調子が悪いからご飯をつくってほしいとか、そういう理由で僕に相談を持ちかけることはあっても、自分の気持ちに問題が生じていたところで妻はそのことを口に出して言わないんです。
 といって彼女が心理的な問題をただ溜め込んでいく一方かといえば、けっしてそういうわけでもありません。 彼女は陶器をつくって自分の心を治癒している――僕にはそう見えます。 作業がうまくいかないときには伏し目で頭の中が空っぽになったような顔をしていますが、うまく焼き物を作り終えたときには妻の表情が穏やかです。
 ですが、彼女が浮かない表情をして黙り込んでいたとしても、そこで僕が安易に口出しをすると妻の機嫌をかえって損ねることにもなりかねないんです。 そんなことを訊かないでほしいとか、なぜそんなことを言うのか、とか……とにかく僕の言葉ひとつひとつに対して、すべて冷めきった批判を向けるんです。 そんな状態ではもう彼女自身、じっくり腰を据えて物づくりができるはずがありません。 僕にしてみれば、ただ彼女の気をなだめようとしているだけのことなんですが、その配慮ですら彼女にとっては邪魔なものでしかなくて、雑念の原因のひとつでしかないんです。
「わかる気がするよ」 と、店主は自身の過去の夫婦関係を思います。
 夫のセガワはそれから目線をどこへともなく移すと、淀みない軽やかな溜息にのせて言い加えます。
 ――彼女と同棲をはじめて少し経ってから、なるほどって思ったんです……かたちにならない妻の重みが彼女の作品で、いわゆる作家とか、芸術家なんていうふうに称される人たちの多くは、その重みのせいでどこかしら妙に曲がっている。 世間には妻の作品を高く評価する奇特な人たちがいますが、それは同時に彼女のゆがみに対する評価でもあるはずなんです。 僕はそう考えています。 そしてだからこそ、僕には妻の作品を正当には評価できません。 ただ単純に、それを好きにもなれません。 あれを見ていると、妻のことが好きでなくなるような気がします。 彼女の姿を見るのをやめたくなります。


 店主はリビング・ダイニングの出入り口に垂れ下がっている暖簾を手で寄せ上げて歩を進めます。 おなじ一室にありながら、リビングの天井灯だけが点いていて、キッチンやダイニングの灯りは消えています。 店主はダイニング・キッチンから目を逸らしてリビングのソファに向かいます。
 以前、店主は息子と共にセガワ家を訪れたとき、同家のリビングのソファに座って、テーブル越しに対座するセガワ夫妻の話を聞いたものでした。 店主はその当時とおなじ場所におなじソファが置かれている様子を目先のリビングに眺めて、なにか時間の経過に関する錯覚をでもしているような気分に陥ります。 かつてそのソファにセガワ夫妻が並んで座り、その二人のどちらかが店主の自宅とセガワ家を囲っている生垣を話題に挙げて、そしてまた彼らのどちらかが両家の間取りの対称性にも触れたのでした。 食卓に置かれたベルギー産の菓子に店主の息子が機嫌を良くして、妻のセガワが淹れた紅茶の、その飲み慣れない味に店主が眉をひそめたものでした。 店主は自身の記憶のほつれを意識しながらも、さらに過去と現在の比較をつづけます。
 その不確かな記憶の中にある同室の様子に現在の在り様を重ねて見ながら、店主はセガワ家の生活感の希薄さを見て取った理由として、室内の物数の少なさを思います。 二台のソファがテーブルをはさんで以前とおなじ場所に設置されているように見受けられます。 あたりを見渡してみたところ、年月の経過に応じた部屋の内観の変化というものを感じられません。 ――あれからどれぐらい経っただろう――と店主は思います。 システム・キッチンは不動のまま台所の一角にあり、流し台の背部の壁に埋め込んである収納棚の扉が整然といくつか縦横に並んでいます。 つくり付けの三段式の棚には茶瓶や湯呑などが数個、それらは明らかにディスプレイを意識した並びで、器の口の部分を上にして棚の板面に置いてあります。
 店主はソファに座り込んで静かに一息をついて、さらに視線をあたりに巡らせます。 自宅のリビングと比べて、明らかに生活感が欠けているように感じられます。 ちがう人格を持った他人同士の家々であるからこそ、その両家の屋内の生活感に違いがあって当然のはずですが、その両家の内装がまったく同じ外見をしているからこそ、そこに住まう両者の生活模様の違いが店主の視界の前に浮き彫りになるようでもありました。
 そのうち店主は、部屋の出入り口に置いてある洋風の小棚に目を留めます。 棚の天板にはコピー機が載せてあります。 店主はソファから立ち上がり、リビングを横切って部屋の出入り口に向かいます。
 まもなくセガワが両手を一個の箱の底に沿えて部屋に戻ってきます。 ちょうど部屋の出入り口のあたりで、店主とセガワの気配がかち合います。 セガワは立ち止まると同時に表情を微妙にこわばらせます。 そのセガワの顔を注視したあと、店主は小棚に視線を落として言います。 「この棚を見せてもらおうと思ったんだ」
「もっと露骨に驚いたほうが良かったでしょうか」
「驚き方というのは人それぞれだからな」 と、店主はセガワから視線を外したまま言います。 「それより――この棚を、以前もこの場所に見たような覚えがあるんだが、おそらくこれは旦那のセンスだろうな」
「国によって生活の様式が違えば、家具のデザインも様々です」 と、セガワは微妙に険のある目付きで店主の横顔を見ていましたが、そのあと彼女もまた当の小棚を見下ろします。 「これと似たような家具を他の部屋にも置いてあります。 和室や、それに寝室にも――ベッドの木の枠には、この棚とおなじような木彫りの模様が描かれていますよ」
 店主は腰を落として、小棚の前面の扉に彫り込まれた何がしかのレリーフに見入りながら、今しがたのセガワの言葉にかるく何度か相槌を打ちます。
「見に行きますか? 気に入っていただけると思います」
 そこへきて急に店主は視線を上げると、ついで顔を上向けてセガワを斜めに見据えます。
「遠慮しておくよ。 わたしには隣家の寝室に立ち入ってベッドを見るような趣味は無い」
 そう言って店主は、いつかセガワ家を訪れた日のことを振り返ります。
「趣味ですか? ただ模様を確認するだけですが」 とセガワが店主を見返します。
「君がいつも使用しているベッドを見る気にはなれないんだよ」
「どういう意味ですか」
 かぶりを振って店主が応じます、「もしかしたら何か意味があったかもしれないが、今となってはもう、それを話す気にはなれない」――それから彼はさらに言葉を継いで 「そういう気分でいられたら話せただろうな」
 店主の語尾に情感の掠れがわずかながら帯びます。 夫のセガワの人柄を表わす物品が何ひとつ室内には見受けられません。 店主は立ち上がってセガワの顔を見ながら思います――では、この家の屋内のどこかに彼女の性格を特徴づけられる物が何かあるだろうか。 そんなもの、どこにも無いのではないか。
「あちらに座ってください。 お茶でも淹れます」
 セガワは一方の手をリビングのソファにかざして、いくらか声を落として言います。
「この家は広すぎるな」 と、台所に向かうセガワの後ろ姿に店主は視線を当てます。 「うちの息子を連れてくれば良かった」
「あの子に会って、なにを話せばいいんですか」
 店主はセガワから視線を逸らして、リビングのソファに向けて無言に歩き始めます。 無人のリビングの窓際に差し込んでいた月明かりは室内灯の照度に負けてその密やかな実体をすべて床から消しています。




『店主とセガワ、人とそれを示す物』



konoです。
曲をつくります。ギターで曲を作らないことに自由を感じる今日この頃です。
エアコンの冷風を浴びながら、シンセサイザーやその種の音源などが欲しくなる頃です。

ここ最近、興味あって官能小説を何冊か読み漁っているのですが、男権主義的かつ安易な表現内容を羅列した官能小説には情緒的な哀しみの入り混じりがあまり感じられないような気がします。ただ、その小説の作者が男性であることや、それがあくまでも男性大衆に向けて書かれたと思しいことなどを考慮すれば、その典型的な筋立てや品性に欠く口語的な科白の連続を良心的な目で見たくもなってきます。(僕自身をふくめ男は単純で愛すべき生き物だと、そう言いたいわけではないです、浅ましく下劣な生き物だと言いたいわけでもないです。

多少の情緒的な哀しみと、少ない科白