untitle db log

裏庭のバジル 24 


 ――光は森の秩序と平和と完全性を保っています。 光は私たちの内側に実体を成していて、この世を照らし出してそれをわたしたちに見せます。 光は支配せず、制御します。


「話の続きが聞きたい、と言ったんだ」
 店主は妻のセガワに話のつづきを確かに催促しましたが、その一方でまた彼は、今しがたのセガワの話が本題と無関係でないことも分かってはいます。
 妻のセガワは自身の夫とイェフスの木の関連性を説明していくにあたって、まずはじめにラトビア共和国のリガ近郊にあるルムブラ森とその土地で戦時中に起きたユダヤ人の大虐殺の一件について店主に話してありました。 携帯電話の画面に表示させた数々の撮影画像を手元に見ながら彼女は、ラトビアに多く残されている未開の森の四季とその彩りを、そして、領土のおよそ十パーセントを占める湿地帯とそこに維持されている原始時代の生態系について触れました。 その撮影画像からは夫のセガワのラトビアに対する多少なりの愛着が滲み出ています。 ルムブラ森に建ててある燭台を模した記念物や多数の石碑に感銘を受けて日本への帰国が遅くなったと、真意の知れない温和な顔つきで夫がそう話していたのを、このとき妻のセガワは手元の携帯電話を見下ろして思い出していました。
 ――わたしは “続き” を話しているんですよ。
 店主は冷蔵室から取り出した缶ビールをリビングにいるセガワに向けて掲げて見せます。 その様子を眺めてセガワが黙って頷きます。 店主はそれから身近の壁に手を伸ばして、調理台と流し台の上にぶら下がっているペンダント式の照明のスイッチを入れると、ついで ビール缶のプルトップを開けて飲み口を手前に引き寄せ、台所の天井照明を落としてからリビングに向かいます。
「二年と三年のあいだには “きっかり” 一年の開きがあるが、そのあいだに幻覚を見ないという保証は無いんだろうな」
 ――二年、もしくは二年と一カ月に一度でも結構ですが、きっと二年も三年もそれほど大差ありませんよ。
 そう言ってセガワはリビングに戻ってきた店主の顔をソファに座ったまま見上げます。
 ――わたしたち人間の感覚で言うところの一年というのは、木にとってみれば一カ月ほどのものじゃないでしょうか。
「理屈でいえば、ケヤキの木には寿命というものが無いらしいな」 そう言って店主はソファのわきに立ち止まり、薄っすらと笑みを湛えたセガワをななめに見下ろして怪訝な表情を顔に出します。
「おかしいか?」
 ――もしご不安なようでしたら、早めに手入れをなさってください。 妻のセガワはテーブル越しに店主の顔を見上げて言ったあと、ソファから立ち上がって上体を屈ませ、テーブルの中央に置いてある大皿を両手で掴み上げます。 ――木の側枝がふかく絡み合う頃……あの、ソクシというのは、いわゆる枝のことです……隣り合う木の枝と枝が干渉し合う頃にはもう実を付ける準備が始まっていますので、それを前もって防ぐために定期的に枝を刈り込んでください。
 店主はセガワと入れ替わりにソファに座って、冷えたビール缶をテーブルに置きます。 ソファの背もたれに身をあずけて目を閉じて、力無くまばたきを何度か重ねてから台所の電子レンジの前に立つセガワの後姿に視線を当てます。
「あの木は、まさか遺伝子を組み換えてあるんじゃないだろうな」
 店主は過去にインターネットを使って調べた中のもっとも現実的なひとつの可能性についてそれとなく気軽な調子を込めて言います。 しかし返事はありません。 セガワは水道水を注いだグラスを片手に持ったまま調理台に腰をもたせて、電子レンジの庫内灯の薄明かりと、回転を続ける小皿をじっと見つめています。
「種が飛び散るのを防ぐために木の手入れをしなければいけないなら、もういっそのこと、すべて根元から切り払ってしまうべきだろうな」、わずかに語気を上げて店主は言います。
 変異した遺伝子が在来の近縁種との交配によって生態系に拡散しないよう、その取り扱いには深く注意しなければいけません。 インターネット上の投稿記事にその危険性を読み知ったのがおよそ三年前でしたが、イェフスの木の樹種が何に分類されているのか当時の店主には知る術もなく、ウェブページの文中に喚起されていた危険性が身近に感じられるはずもありませんでした。 日本国内を見てみれば、数少ないながらも公に行われていた野外の栽培試験において一応の結果を得るには至っていましたが、商業植林の事例はまだ国内および世界のどの国にさえ一例もなく、おまけに国内では報道の論調が遺伝子組み換えに対する批難の傾向にあったため、たとえ当の樹木の実用例がどのようにあらかじめ想定されていようと、あくまで否定論者らはアメリカの試験事例を対象として嫌悪の主張をただ一方的に重ねていくばかりでした。 店主もまた例に違わず道義的な立場から遺伝子操作の是非を見ていました。 けっして悪くないと彼は思いました。 気候の如何にかかわらず、木や植物が生きて成長していくことが、もし可能となるのであれば。
 セガワは口に含んだ水でベーコンの油を軽くすすいでから、ななめ後ろに上体をひねって、その温くなった水を流し台の底に吐き出します。 水はシンクの底に置いてあった大皿に跳ねてステンレスの側面に飛び散り、つつと垂れ落ちます。
 ―― とうもろこし の話ですか?
 妻のセガワは手の甲で唇の端をぬぐい、乾いた声でそう言います。 調理台の上にぶら下がっているペンダント式の照明灯がセガワの後頭部から腰元までを斜めから照らし出しています。 店主は台所に注意を向けて電子レンジの動作する音を聞いています。
「もちろん、“君たち” に不当な言いがかりをつける気はないよ」
 セガワは 酒のあて を載せ替えた白い小皿を電子レンジから取り出して、それを木製の小盆に載せたあと、保存用のラップを外した小皿をリビングに持ち運びます。 それから彼女はテーブルのわきに立ち止まり、湯気立つ小皿を卓上に置いて――もう、ご自分の箸で取ってくださって良いですよ――と、皿に盛ってある 酒のあて に手をかざします。 そしてそのあと、テーブルの端に置いてあった小盆をもういちど手に取って、その板面に店主の注意を引こうと短く一声をかけると、当の小盆が家の屋内の壁板とおなじ材木で作られていることを話します。
「どの部屋の壁だろうな」 と、店主は気のない返事をします。
 セガワは黙ったまま斜めを振りかえってソファの座面の位置を確かめると、そこに腰を下ろしてから左右の腕をすっと胸下に組みます。 ――余るはずのない木でしょうか。
「たいていの場合、家を建てれば木が余るよ」 と、笑いを漏らして言ったあと店主は、イェフスの木の話題に戻ろうと思い巡らせて言葉を探します。 店主の自宅とセガワ家にイェフスの木が運び込まれた日のことを振り返って、数十本ぶんの木を積んだ貨物車や運転手や作業員らの印象をうっすらと思い起こします。 いつか夫のセガワが言ったとおり、もしイェフスの木の輸出入に際する手続きが国内外で “取られずにあったのだとすれば”、その作業員らが信用のおける配送業者であったことの確証はどこにもありません。 しかしだからといって店主にはセガワ夫妻に不当な言い掛かりを付ける気もありません。 遺伝子そのものが自然の中でおのずと変容する性質を備えているのもまた事実である以上、イェフスの木の存在に倫理的な問題があるとは断定できません。
 そうして物思いにふける店主の顔をセガワはテーブル越しにじっと見つめていましたが、やがて彼女は丸い掛時計をリビングの壁にちらと一視すると、そのあと店主の顔に視線を戻して――ご存じですか?――と、直後、彼女自身にでさえそれが意外に感じられたほどの “棘の落ちた穏やかな口調で” 話し掛けました。
 ――これも夫から教わったんですが、土に植わっている木というのは、じつはその大部分の細胞が死んでいるらしいんです。
 唐突な話題に返す言葉もなく、店主はただ黙ってセガワの様子をうかがっています。
 ――つまり、内部に死を抱え込んで成長を続けているんです。
「これまでに一度もそんなふうに考えたことはなかったよ」
 店主はテーブルに身を乗り出し、卓上の中央に置いてある小皿からホウレンソウとベーコンをまとめて箸で摘み上げます。 そしてそれを他方の手に持った取り分け皿に移していきながら視線をセガワに移します。 さっき彼自身がそうしていたように、セガワもまたリビングの大窓に顔を向けて、屋外に立ちならぶ生垣を静かな表情で眺めています。
 ――言ってしまえば、森は膨大な数の死を内側に抱えているんです。
「そういうことをあえて考えなくても、我々は生きていけるんだ」
 店主はきっぱりと言ってからトングを小皿に戻して、手元のビール缶を手に取ってソファの背もたれに身を深々と沈ませます。 セガワはからだの片側をソファに沿わせて横座りしていて、その横顔には微かに色づいた石膏のような質感が帯びています。
 ――つまり、人は死んだ木の家で粛粛と生命活動をしているということです。

 いま君は あえてそういうことを気にしている
 いいえ
 死んだ家で人が生活をしていると 君はそう言っているんだ
 棺の中で生活をしているとも言い換えられます
 あえて気にしているんだろう
 そういえば 家とおなじで 棺にも窓があります
 ついでに その窓の外に シャッターでも下ろしておけば良い
 夜になれば 寝床に入って安らかに眠ります
 安らかに寝息を立てて 屁もするよ 安らかに
 顔が赤いですよ
 家に帰れば 安らかに酒も飲むんだ
 一合瓶で酔って候 たしか そんな落語がありました
 さて どうだったかな
 幽霊の話です

「そういえば、すくなくとも私より君のほうが酔いが深い」
 ――たしかにそうです。
 そしてセガワは店主から顔を逸らしてもういちど窓外の生垣を見やって――たしかに――と、やや語調を弱めて言います。
 時刻は午後九時半を過ぎようとしています。 セガワの手近に置いてあったワインの瓶は二本とも空になっていて、グラスには四分ほどワインが残っています。
「君は、あの生垣に関しては、ほぼ旦那の意向に任せてあった」 と店主は言います。
 それを聞いて妻のセガワは、店主のしょぼくれた顔を興味深げに眺めながら、半睡の意識の中で店主がまどろんでいるのを見て取ります。
 ――私をシロだと思いたいわけですか。
 “シロ” と、店主は力なく笑いを溢して言うと、普段から妻のセガワがテレビドラマの影響と思しい物言いを平然としていたことをぼんやりと思い返します。 そしてそこで彼自身それとはっきり自覚するほどの、輪郭のはっきりとした強い懐かしみを不意に覚えます。 店主はそれからテーブルに置いてあるアンティーク調の小箱をおぼろに眺めて思案を始めますが、やがて無心に目を閉じて、そのすぐあとに朦朧とした意識の奥へ落ちていきます。

 店主の寝息が、ひと続きの安穏をリビングの一角に漂わせます。 妻のセガワはグラスに伸ばそうとした手を止めると、店主の伏せた顔をまじまじと見て、それからまず自身の夫の寝姿に始まり、店主の息子や、セガワ自身の知人らの寝姿を続けざまに想い起こしていきます。 誰によらず同じようにして眠るそれらの姿には、これといって誰の特徴も感じられるような気がしません。
 そうして彼女は心静かに思いに耽りますが、しばらくしてその思いを断ち切るようにソファから真っすぐ上体を起こし、グラスに入っていた残りのワインを一息に飲み干します。 たしかな足取りでリビングを出て寝室に向かい、持ち出してきた一枚の毛布を店主の体に掛けたあと、テーブルの上に置いてある食器の片づけを始めます。

 その数時間後、店主は静まり返ったリビングで目を覚ましました。 すでにセガワの姿は無く、他家の屋内で夜中に目を覚ますことの異様をうっすらと感じながら店主は半身をもったりとソファから起こします。 玄関につながる廊下の天井灯の明かりがリビングの出入り口から室内に射し込んでいます。 シンクや調理台の上に吊り下がるペンダント式のライトがリビング・ダイニングの調理場のあたりを店主の視界に浮かび上がらせていて、その仄白い灯りにさえ目の微かな痛みが感じられます。 時刻は午前二時半を回ります。 冷蔵庫のモーターの音が店主以外の人気の跡を示すように微かに鳴っています。


 セガワ家から持ち出してきた深皿をベッドのヘッドボードに置いてそれを眺めていると、そのうち店主は、妻のセガワの作品を過去に一度も間近に見た覚えのないことに思い当たります。
 いつかセガワの氏名をインターネットで検索してみたところ、公募展の入選者の一覧にその氏名が含まれているのを見つけました。 ウェブ・マガジンのピックアップコーナーに作品の撮影画像とセガワのプロフィールが掲載されていた他、すでに終了した “作陶展” の紹介ページには個別に撮影された数点ぶんの作品とセガワのインタビュー記事が短く掲載され、さらにそれとはまた別の個人サイトには、セガワを亭主として開催された 茶事 の様子が画像付きの記事となっていました。 それまで陶芸とは縁遠くあった店主でしたが、それらの数々のウェブサイトをつうじて陶芸品の材料から全国規模の美術展の現状に対する批判文までを読み知り、 『釉薬』 と呼ばれる塗装用の薬品によって得られる豊かな色合いをパソコンのモニター画面に見知りました。 そしてまたもう一方では、わずか数行で書かれた五年分にも満たない活動歴と、カメラ撮影された数少ない作品画像をもって、ひとりの若手の陶芸家であるところのセガワと本人の作品を間接的に知る機会ともなります。 ただし、いつか夫のセガワから聞き知ったような印象はどこにも見受けられませんでした。 その彼の話によれば、妻のセガワの作品には固有の作家性が色濃く示されていて、もし仮にそれが家庭の食卓に並べば一目でそれをセガワの作品として判断できたはずでした。 それがどういわけか、セガワ家の台所の棚に置いてあった茶瓶や湯呑みの外見にはさして特殊な造形を認められず、またリビングのテーブルに出された器にも風変りな作風を感じられませんでした。 塗装にこそ日用の食器に見合わない独創性が備わっているものの、たとえそれが千円あまりの値札を付けてスーパーマーケットの食器売場に陳列されていようと、それを陶芸家の一作品であると一目に見分けを付けるのは難しいようにも感じられました。 そして、まさに店主の感じ取ったところでは、むしろそのような簡素かつ日用性の高い形状をした器こそセガワの作品の主な特徴そのものでした。 インターネット上にアップロードされていた彼女の作品画像を見たかぎりでは、いつか夫のセガワが独白じみた調子で話したような “芸術家の歪み” をどこにも感じられませんでした。
 店主はベッドから起き上がってヘッドボードに置いてあった深皿を手に取ります。 そしてそれを身近にある書斎机の上に静かに置いたあと、今度はベッドに仰向けになって頭をソバガラの枕の中央に沈めます。 中綿の掛布団を顎の下まで引っ張り上げながら、枕のわきに置いてあった二つ折りのメモ用紙を視界の外に手探りしてそれを二本の指で摘み上げ、その紙面に書かれてある筆圧の弱い文字の並びを枕元のベッドライトの光源にかざします。

 玄関のカギは閉めてあります 勝手口からお帰りください
 あの子によろしくお伝えください

 翌日の朝、店主は定時どおりに寝室を出て、毎朝の習慣どおりにトイレへと廊下を歩いていきますが、そのうち思い立って縁側のほうに足を向けます。 すでにセガワ家の縁側にはナチュラル・シルバー色の幅広のシャッターが閉じています。 裏庭に沿って敷かれてある “犬走り” には一個の踏み石こそ重々しく置いてあるものの、その石の上にそれまで何度となく置いてあったサンダルが見当たらず、ただ石のわずかな変色だけが経年の印象を店主の目に映し込めています。
 トイレに入って黙々と用を足して、それからダイニング・リビングの前を通って内玄関に足を止めます。 デニム地のベルトが付いたサンダルが彼の眼下の土間に左右そろえて置いてあります。 他の靴類とおなじく内玄関の空間の一部を占めていながら、自家と他家を区別する一種の異物のなりを、二足のサンダルがそこに明らかに示しているように見受けられます。 店主はおおよその見当をつけてその日の前夜の記憶をたどりますが、セガワ家の勝手口の土間に何物を思い起こすことも出来ません。 セガワ家の台所や廊下の照明を切らずにそのまま勝手口を出てきたことを思い出し、やや苦々しい表情を浮かべます。 そしてそのあと店主は、サンダルに足を通して玄関の内鍵を開いて、ドアの隙間から流れ込む澄みきった冷気に身震いをしつつ戸外に出ます。 斜めに射した日光が玄関前の生垣の内側にほぼ一様の薄明かりを満たし、玄関から門柱にまで延びる石敷きのアプローチや、その両脇に生え広がる庭草の表面には微かに湿気が帯びています。
 自宅の玄関わきの壁付けポストから新聞を引き抜いてそれを小脇に挟み込むと、寝間着のズボンのポケットに両手をがさっと突っ込み、うすら寒さに肩をすくめて玄関先の門柱を抜けます。 自宅前の町道から隣家の門柱の手前へと歩を進めて、セガワ家の敷地のすぐ外に立ち、その家屋の前面を眺め渡しながら一度あくびを鼻から抜きつつ、自身の履き慣れていた外用スリッパの所在をセガワ家の内玄関の土間にひとしきり想います。
 セガワ家の窓にはカーテンが閉じてあります。 門柱に取り付けてある表札には家主の名字が確かに記されていて、その二文字の表すところが二人のセガワの顔と人柄であることに妙な感慨を覚えます。
 よくある話だ。
 そう思ったあと店主は来た道を戻ります。 サンダルのサイズに違和感はありません。 秋暮れの朝の静まりの中、ゴム底がアスファルトをみじかく擦ります。




『店主とセガワ、酔って候』 

konoです。

 閲覧くださる物好きな方々へ。
 このまま 『ですます調』 で書き続けると、いずれ一冊分の原稿にまとめる段になって編集に手間が掛かるでしょうから、このあとは文体を変えることにいたします(敬体→常体)。 はじめのうちは文体の違いによる違和感が出てしまうかもしれませんが、どうぞご理解ご了承のほどお願いします。

 先日、体長18センチほどの子ウサギが畑の草地をおぼつかない動作で跳ね進んでいました。 その子ウサギの頭部を手でつかんで、ちょうどトイレットペーパーの芯の直径ぐらいのサイズの顔面に息を何度もつよく吹き掛けておきましたので、あのウサギはもう畑には下りてこないか、もしくは、つぎに山を下りてきたときには死の覚悟を持っているに違いありません。
 その数日前には、山際を切り開いたその二段畑に、三頭の若いイノシシが揃ってあらわれました。 聞くところによれば、若いイノシシの肉は柔らかいそうです。 畑を荒らされる前に、その三頭を仕留めて食用にしたいところでした。

猟銃所持から銃の紹介、狩猟日記など