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裏庭のバジル 30 


『yukihisa kago pottery』

 一台の車が山裾の駅を出て太平洋に面する海岸道路を走る。 ガードレールの切れ目から踏切を越えてゆるやかな斜面をのぼり、立ち並ぶ民家のあいだを通り抜けて一車線の町道を山間に向かう。 小川の下流に掛かる短い石橋を越えて、道ばたの左右に大量に積もった枯葉を踏みつけて走る。 ガードレールには積年の汚れがこびりつき、山手のコンクリート壁の広い範囲が苔生している。 山の冷気に満ちる中、ブナやシラキなどの原生林が柿色から薄黄色の葉を茂らせ、タイヤの散らした落ち葉の上に静かにひらひらとまた葉を落とす。 その場所から車で十五分も走れば、車道の左手の傾いだ山肌にはヒノキが林立している。 一本道が山のなだらかな傾斜を長々と曲がりくねって伸びていて、右手のガードレールの向こうには沢へとつづく山の急斜面がある。 対向車は一台も無いが道幅は狭く、車避けの空き地を何度か横目に通り過ぎる。 その細道の突き当りを一般道に抜けて、車窓に流れる初冬の山景色に視線を走らせながら車速を上げていく。 しばらくして車は速度を下げて脇道へ入る。 右手には風に流れる白い煙が見える。 炭焼き小屋の手前に、頭に白いタオルを巻いた背低の男が立っている。 男は後ろを振りかえって遠ざかる車に視線を投げる。 車は薄汚れた灰色の道を雑木林に沿って走っていく。 運転席の横窓の向こうには道路っぷちの溜池が広々と静かに水を湛え、その水面には人手の入らない森の緑が色濃く映り込む。
 勾配のついた脇道に入ると、ゆるやかに曲がる上り坂を低速でさらに進んでいく。 造林地を縫うようにして舗装路を走り、そしてそのうち左手に見えてくる砂利道へと進路を変える。 轍の付いた路面の両脇には丈の短い雑草が道に沿って生え延びていて、その草の向こう側には陽光の差し込む雑木林が広がる。 一本の砂利道が左右に一度ずつなだらかなカーブを描いて長々と延びている。 その道の先には五、六台の車を停められる砂利敷きの土地がある。 運転席からフロントガラス越しに斜めを見上げれば、木々に囲われた敷地には窯小屋 と 薪小屋、そしてその上段の敷地には工房や展示室などを兼ねた一戸と平屋の家が横並びしている。 山の尾根筋の一部を敷地としているため、二階建ての工房の屋根が空へと大きく突き出している。

 窯小屋を支える苔付いた石垣の前でエンジンを停めたあと、運転手の男が後部座席を振り向いて、同乗者の日本人に上着を取ってもらえるよう気軽な調子で願い出る。 すると後部座席の片側に座る日本人が、山の気温を話題に挙げてみじかい言葉を返しながら上着を手に取り、それから車内にいる二人の外国人に防寒するよう英語で話しかける。 日本人と外国人の二人ずつ、その彼ら四人とも上着やニット帽などで身を包んでそれぞれ車を降りる。 敷地の砂利を踏み歩く音が、涼しげに散り散りと辺りに響く。 ひとりの外国人は手に持った家庭用のビデオ・カメラの画角に周囲の山の風景を収めた。 どこかで野鳥の高らかな鳴き声がしていた。 運転手の日本人は小さく身震いをして寒さに首をすくめた。 もうひとりの外国人は石垣の前に立ち止まって両腕を広げて、その石垣の一部を成している巨大な石の横幅をおおまかに手で測った。 運転手の男は石垣の端に歩み寄って、そこに立ててある郵便ポストにちらっと一視を投げたあと、上着のポケットから取り出した携帯電話を操作して呼び出しの音に耳を澄ませた。 彼はその郵便ポストに少なからず愛着を持っていた。 樹皮を削ぎ落した太い枯れ枝が地面に差し込んであり、その枝の上部にはサビの浮いた四角い郵便ポストが針金で括り付けてある。 ポストの前面には『加護』と記した白紙を入れたラミネートカードが貼り付けてあって『加』には『ka』、『護』には『go』の仮名が振ってある。
 運転手の男は郵便ポストから視線を逸らして顔を上げた。 ポストのすぐ脇から、窯小屋や工房展示室へ向かう石階段が五十段以上は続いている。 その階段に沿ってモノラックのレールが長々と敷いてあり、モノラックの本体は展示室の建っている敷地の上り口の手前に停めてある。 運転手が敷地の一帯を眺め渡してその周囲を覆っている黄色の草々に見入っていると、そのうち彼の耳元で電話の呼び出し音が途切れた。 外国人の撮影者は運転手のとなりに立ってビデオ・カメラのレンズ越しに石階段を見上げて、カゴを載せたモノラックが駐車場までゆっくりと下りてくる様子を思い浮かべた。 その一方、車の後部座席にいた通訳の日本人は、足元の砂利に置いた紙袋の中を確認し終えて、その紙袋とビジネスバッグをそれぞれ両手に持った。 彼は「ぅっし」と、気概を込めた一声をかるく吐き出してから砂利の上を歩き出し、石垣に関心を寄せる外国人の男に英語で呼びかけて同行を求めた。 ほどなく運転手の男は通話を終えて、他の三人に先駆けて階段を上り始めた。 外国人の撮影者はモノラックのレールに心残りの一視を投げて、自分の期待していた画が撮れなかったことを惜しんだ。
 窯小屋の前に差し掛かった運転手が上体をわずかにひねり、撮影者のうしろを歩いてくる通訳者の注意を小屋の敷地の向こう端に引き付ける。 彼らの視界の先には薪小屋があり、高さ2メートルを超す二枚の引き戸にはバイク用のワイヤー錠が掛けてある。 おなじく撮影者の男も小屋を見やってその方角にビデオカメラを差し向けた。 彼は小屋の前の空き地で薪をつくっているカゴの姿を思い浮かべながら、窯小屋の屋根から突き出しているレンガ造りの煙突にカメラの焦点を移した。 あらかじめ受け取っていた資料用ビデオの内容によれば、窯焚きをしているあいだその煙突の口から炎の先端が吹き出るはずだった。
 運転手の日本人が石段を上りきって工房の敷地に立ち入ると、玄関先で彼らの到着を待っていた若い女が“こんにちは”と柔らかな口調で言った。 運転手はその女を見知っていた。 事前の打ち合わせをするためにカゴの工房を訪れた際、カゴ自身の同僚として紹介を受けていたのだ。 そのときと同じように、女は後頭部のあたりにヘアゴムで黒髪をまとめていた。 藍色のセーターと黒地のエスニックスカートを身に付け、そのどちらもが女の長身を鮮やかに引き立てていた。 外国人の撮影者は運転手につづいて工房の敷地に立ち入り、長身の女を見やって気兼ねなく英語で挨拶をした。 すると女もおなじく「ハロー」と言った。 彼女は両手を下腹のあたりに重ね合わせて前屈みに一礼すると、うしろを振りかえって玄関の引き戸の前まで数歩を踏んだ。 そしてそれから格子型のガラス戸をゆっくり大きく開け放ち、間延びした声を真向いに放り投げるようにしてカゴの名前を呼んだ。 運転手の日本人は視線を斜めに落として、女の背後に取り残された自立式の杖に見入った。 撮影の打ち合わせの段から、彼はそれと同じ様子を何度となく見ていた。 女は自身の左足の外側に突いた一本の杖を左脚の支えにして歩くのを習慣としていたが、時おりその杖を手放して自力で歩いて移動するのだった。
 通訳の日本人と撮影チームのひとりが遅れて工房の敷地に足を踏み入れる一方、工房の屋内からは一人の男が片手を挨拶がわりにひょいと上げて玄関先へ出てきた。 撮影者はそのカゴの姿にカメラを向けると、資料映像に記録されていたよりもカゴの体格が小柄であるように思った。 カゴはベージュのカーゴパンツとカーキ色のフライトジャンパーを身に付けて、老眼鏡を取り付けた眼鏡ホルダーを首から胸元にぶら下げていた。 白髪まじりの短い髪はヘアワックスで整えてあり、口元の髭にもまた慣れない手入れをしていた。 女は玄関の戸枠のわきに立ち位置を移して、そんなカゴの容姿を眺めながら ほくそ笑んだ。

 建物の二階にある展示室の窓の外には山を見渡す眺望がある。 ベランダから遠目に眺めるその広い範囲を水源林が占めていて、葉を落としはじめた木々が緑樹と混ざり合うように山々に立ち広がっている。 その景観の撮影映像に合わせて、本編の趣旨説明が始まった。 男の声で英語のナレーションが収録してあり、そのわずかに掠れを含んだ低い調子の声に合わせて映像の下部には日本語の字幕が表示される。


『カゴの作品を初めて見たのは今から5年ほど前のことだ。 フランスのヴァロリスで開催された小規模な日本陶芸展に出品されていて、すぐ手の届く展示台の上にそれは置いてあったのだが、どこか個別の台に作品を置き変えてそれ相応のライティングをすれば、きっと見栄えが断然に良くなるはずだった。 おそらくまだ当時ヴァロリスでは、陶芸業界の一部の関係者らをのぞいてカゴの名前を知る者はほとんどいなかっただろう。 だからこそ、作品展示の効果的な演出が望ましかった。 世界的な陶芸制作の地において彼の作品が展示されたのは喜ばしいことではあったが、正直私の見たかぎりでは、パソコン画面をとおして過去に撮影された良質の作品画像を見るほうが、まだその作品の本質的な美しさを間近に感じられることだろう。
 このベランダの風がひどく寒かった。 山の稜線を伝って風が吹いてくるのだと思うと、よりいっそう寒気が増したように感じた。 カゴは冬の山景色を好んでいるらしいが、私はどちらかといえば夏のほうが良い。 夏の風が心地良さそうだ、と私が言ったら、夏になったらまた来い、と彼は言った』

 ベランダのドアを開けて、女が室内から外に出てくる。 それにつづいて通訳の日本人が両手にそれぞれ一個ずつマグカップを持ってベランダに出る。 彼は差し向けられたカメラレンズ越しに陶製のカップをひとつ撮影者に手渡す。 女はその二人の様子を眺めて微かに笑ったあと、手に持っていた飲みかけのカップを“挨拶がわり”とでもいったふうに自分の胸の前にちょいと掲げて見せる。 その所作を一視して通訳の男はそれが女の淹れた茶であることを撮影者に英語で伝える。

『彼女は、カゴの仕事仲間で、カゴの形成した数点の作品の色付けや彫刻などを担当した。 気の穏やかな愛嬌のある女の子だ。 カゴよりも背が高く、それでいて特に遠慮するでもなくカゴのそばに立つ。 そんな彼女の立ち位置からカゴが半歩ほど遠ざかる様子は、我々撮影側の目から見れば決して悪いものではなく、彼らの日常の一場面をカメラにとらえているという実感が確かにあった。
 カゴから撮影許可を得るにあたって我々の飲んだ条件というのが、その彼女を撮影に参加させることだった。 私は当初、おそらく私の立場にいれば大体の者らがそうするだろうが、陶芸家の孤独と山の静けさに焦点を置いてカメラを回すつもりだった。 ところが、日本に来て、カゴから彼女を紹介されたときに私の考えが少しだけ変わった。 カゴよりも彼女のほうが孤独な佇まいをしているように見えた。 ひょっとすれば、青年期に当たる彼女の姿に私自身のかび臭い孤独が映り込んでいるように見えただけのことだったのかもしれないが、とにかく私の目には彼女の姿が印象的に映った。その時点において、主役はカゴではなく彼女のほうだった。 私は撮影の企画内容に少しだけ変更を加えることにした』

 撮影スタッフと通訳の男がそれぞれカップを片手に室内の壁際に立ち、作りつけの棚に並べてあるカゴの作品を間近に眺めている。部屋の中央には一台の木製のテーブルがあり、卓上には茶の入った陶製のカップと平皿に盛り付けた茶菓子が置いてある。 カゴの気軽な了承を得て、撮影スタッフが壁棚に置いてある作品を手に取る。 その制作には女の手が加わっていて、なつかしい――と女が頬をほころばせて言えば、カゴが快活な笑い声をみじかく立てる。

『粘土を器状に形づくったあと、その器の全面をナイフで網目状にくり抜いたらしい』

「ろうそくやライトを中に入れて、内側から外に明かりを漏らしてみたらどうだろう」と、撮影スタッフが値踏みをするような目つきでしげしげと器を眺めて言えば、通訳の日本人がそれを英訳してカゴに伝える。「君のセンスは女の子の受けが良さそうだな」とカゴが感心を装って茶化すように言うと、「素敵なアイデアだと思いますよ」と女が声にはずみを付けて言い添える。

『すでに素焼きを終えた作品が窯の中に入れてあった。 翌日にでも“本窯”の工程に移れる状況にはあったが、撮影工程の説明や町の観光などにも日数を割く予定を立てていたこともあり、このあとしばらく工房の敷地内をカゴに案内してもらってから、元来た道をホテルまで戻ることにした。 我々撮影チームは、カゴの工房に到着してからの2日間を海辺や山間の町で気楽に過ごした。 海と山の新鮮な食材が手軽に美味しく食べられるのだから、観光客の根強い支持があって当然のように思えた。 私もあの町で幸せな時間を過ごした。 同行したスタッフも食事に夢中になっていた。 山では沢の清流の音を聴いた。 海には嫌味な匂いがせず、日差しがまぶしかった』

 カゴと女に連れられて撮影者らは窯小屋を訪れる。小屋の骨組みの支柱には電柱の太さの丸太が使ってあり、天井部の格子状に組んだ木材の上には色のくすんだトタンが敷いてある。 屋内の左右の側壁に沿わせて薪が数列にならべてうずたかく積み重ねてあり、さらに窯口に近くには人の胸元の高さにまで五百本あまりの割木が揃えてぎっしりと積んである。 カゴは、窯口の上部に手を当ててその高さに注意をうながし背後を振り向き、「せまい場所は平気か?」と、撮影者の男に日本語で訊いた。「君は背が高いからな」と、そう言い加えてカゴはつぎに自身の頭のてっぺんを帽子の上からとんとんと軽く叩いた。 すると撮影者は、カメラの液晶ディスプレイから視線を上げてカゴの顔を見やり、唇の両端を曲げて無言に何度か頷いたあと、室内に持ち込んだハンドライトを天井にかざした。 照明の灯りが内壁を伝い広がり、艶のない作品の数々を仄かに照らし出した。 乳白色や薄茶色をした器の類が半数ちかくを占めていて、絵が描いてあるものや瓶状のもの、またその他、オブジェに類するものなど、室内に組み上げた棚板の上に大小異なる数多くの作品が並べてあった。 それらのほぼすべてが、あらかじめインターネットや地方紙の広告欄などをつうじて窯焼きを希望するアマチュア陶芸家から募ってあった。 無料で窯を使用できるとあって、限定数の応募者が意外と早いうちに集まった。 ほとんどの作者らがおなじ県内に住んでいた。 中には陶芸教室の生徒らによる複数人での応募もあった。 彼らは窯で焼いた作品の特別な風合いをよく分かっており、たとえ制作作業の重要な工程を他人の手にゆだねようとそれが特に不都合であるはずもなく、それどころか、むしろその筋の熟練者である職業陶芸家に窯の温度管理を任せられることは応募の理由のひとつにさえなるのだった。

『多人数の作品の完成を担うことに重圧を感じないのか、とカゴに訊いたが、彼はそのような心境には無かった。 ヒビの入る可能性が多少なりとも見られる作品に関しては、そのことを前もって作者たちに伝えておいたらしい。 つまり陶器にヒビが入る原因は、窯焼きを始める前からすでに何かしらあるということだ』

 窯小屋をあとにして撮影者らは引きつづき工房の周囲を撮影して歩く。 資料用のビデオにも録画されていたように、たたみ二畳ぶん程度の分厚いセメント壁が四枚、正面奥と左右と底部に組み立ててあり、そのセメント床の奥のほうには乾いた薄茶色をした器の残骸が積み上げてある。

『カゴは同僚である彼女にも作品を投げて壊させる。 まず彼は、用途に応じて素焼きの状態のものを二種類に作り分けしている。展示販売用の他に、破壊用の器を一定数かならず用意しておくのだ。 器が砕ける様子やその際の音を見聞きするのが目的なのだが、ただ単に窯焼きの作業に対する心構えを付けておくためだけではなく、一種の厄除けのような意味合いをも込めて作品が無事に完成するよう祈願をする。 そして、もちろんそれは同じくあの彼女にとっても作品づくりの工程の一環であるには違いないのだが、彼女の場合、器を投げ壊すことに漠然とした欲動を感じているらしく、それが彼女の担当する色付けや彫刻の作業の出来栄えに多少なり影響を与えるとも言えるのではないだろうか。
 なお、完成した作品のインターネット販売を担当しているのが彼女自身とのことで、ネット上に開設してあるショップを私は本人から教わった。 販売ページは英語・表示に対応していて、海外発送も受け付けているから是非とも買ってくれと、彼女はそんなふうに言った。 商売上手だ、と私が褒めるつもりで言うと、あなたは客だからと彼女は言った。
 たしかに、あの撮影期間をとおして私は、ある意味ではカゴの工房を見学に来た客のひとりに過ぎなかったのかもしれない。 カゴは薪窯の利用希望者には有料で窯を貸しているらしく、ちょうど我々撮影チームがそうしたように、遠方から工房を訪れる客たちは、最寄駅の周辺に点在するいずれかのホテルに宿を取ってカゴの工房にまでやって来る。 窯の利用は一回につき二十六万円。 客受けは悪くないらしく、それが彼女の功績のひとつであることをカゴは率直な言葉で話した。
 ちなみに言えば、作品づくりの作業効率化と時間短縮を図るために、窯の利用者はあらかじめ 素焼き をしておいた作品だけを工房に持ち込まなければいけない。 私が焚釜の中に見たあの数多くの作品は、炎の熱に耐えられるよう前もって乾燥させて、粘土の中に含まれる水分を適度に抜いてあるのだ』

 つぎに撮影者らは工房の敷地内にある庭を訪れる。 そこには樹木の苗や若木、それに草花なども植えてあり、その樹種によっては庭の土中でしばらく育てたあとにカゴの所有している広畑に移し植える。 枝にはアルミの小さなプレートが一枚吊るしてあり、そのプレートにはそれぞれ一本の樹種ごとにマジックペンで木の種名が書いてあるのだが、もちろん撮影班の二名にはその日本語の表記の意味が理解できない。 運転手の日本人が庭内に植わっている桜の木を見付けてそのことを撮影者に伝える。 庭内の木々に吊り下げてあるアルミプレートの中には『桜』のような一般的な樹名も見られるが、そればかりではなく、世間で広く認知されていない名前もまたいくつか記されてある。「貴重な木なのか?」と撮影者が訊けば、「どこにでも生えてるよ」とカゴが答える。

『そういえば、工房の敷地の周囲に植えてあるあの植物は “フウチソウ”と呼ばれる日本特産の多年草で、“風を・知る・草”と書くらしい。 日本には〈線香花火〉と呼ばれる伝統的な種類の花火があるが、風知草の外見からはその花火の燃焼する様子が思い出される。 この時季になると風知草の葉の表面から緑色が抜け落ちる。 すでに見たとおり葉の色は黄色に変わっていて、群生する風知草が風に揺れ動く様子は、どことなく稲の豊穣を想わせる』

 カゴが滑り止めの付いた手袋を両手にはめて庭の一角に向かい、土から掘り出した里芋の表面の土を手で払ってそれをカメラに向けて掲げる。「煮っ転がしにして食べよう」とカゴが日本語で話しかけると、通訳の男がそれを英語に訳す。 女や撮影スタッフも加わり、食べ頃の作物を収穫してそれらを準備してあったプラスチック製のカゴに入れていく。

『カゴは〈アグロフォレストリー〉と呼ばれる一種の農法に着目していた。 彼の所有する広畑には十数種類の樹木が植えてある。 将来的には、その畑で農作物を栽培し家畜を飼育する予定だが、しかしアグロフォレストリーの実現に向けた課題や問題が多く残されているため、当面あくまで趣味的な試みとしてその農法の実践を視野に入れておくとのことだ。 我々がカゴの畑に連れて行ってもらったのは、この数日後のことだった』

 季節の野菜が緑の葉を畑に茂らせている。 一本の白ネギを土から引き抜いてカゴはそれをカメラに向けてひょいと掲げる。 女はといえば、別所の土の表面に生えている数本の茎をハサミで切り落として、土の下に埋まっているジャガイモをスコップで掘り出していく。

『夏になれば、かぼちゃの木にキュウリの枝を接ぐらしい。 というのも、窯に火を入れて作業をしていると、体から汗が噴き出してくる。 そこで、その作業の合間、手作りのきゅうりに ミソ と呼ばれるペースト状の食材をつけて食べる。 接木したキュウリの苗は、育てやすく、それでいて収量性も良いのだそうだ』

 通訳の日本人が庭内の端へと歩を進めて、そこに植わっている一本の樹木の前に立ち止まる。 とある種類の木を台木として他の数種の木の枝を接いでいるため、ひとつの決まった樹名を持っておらず、その木の枝にはアルミの名札が取り付けられていない。 また、その他にも接ぎ木をした樹木や植物が種類別に十本あまりは植えてあるが、それらはすべてうまく成長を続けてきた木ばかりで、遺伝的な問題が生じた木や植物はすべて他種間の共生を果たせずに終わった。 カゴは収穫の手をとめて通訳の男を眺めやり、その一本の接ぎ木に関する簡略的な説明を乾いた口調で続ける。 枝の一本を指でかるく弾いて「これはアンズの枝だ」、そしてそのあと他の枝々を一本ずつ指してそれぞれ別種の樹名を口に出して言う。 そのカゴの説明を聞いている間じゅう、撮影者は好奇とも嫌悪とも区別のつかない微妙な表情を顔に出してビデオカメラの液晶画面に見入っている。 いちど株元に落とした視線をまた引き上げてカゴが樹の全体を無言に眺め渡す。
 それから撮影スタッフが庭内のまた別の一角に向かって歩き出し、うしろを振り向いてカゴに呼びかけ注意を引く。 女が腰を落としてジャガイモの収穫を続ける一方、撮影者はカゴの後ろ姿を追ってカメラの液晶画面を見ながら歩き始める。 一本の若木の傍らに立ってカゴは、垂れ流すように小さく声を出しながら言葉を探し始める。 撮影スタッフは微妙に強張らせた表情を顔に出し、落ち着きのない視線をカゴの顔と若木とに何度か行き来させる。

『陶芸家の使用する薪の材木がその本人の家の庭に植わっているのが道理というものだろうが、しかし実際にはそれは松でも楢でもクヌギでもなかった。 まず一般的に、樹幹の繊維というのは多少にかかわらず ねじれながら 成長していく。 だが、そのねじれが若木のうちから木の全体に強く生じるケースというのは、やはり珍しいのではないか。 見れば、木の成長の早期のうちから一枝一枝の先端が横這いに伸び始めたようで、枝はそれから途中で方向を極端に変えることなく、わずかな上向きの角度を保ったまま成長を続けている。 樹皮の外見的な特徴からすると、枝の繊維に備わる〈ねじれ〉の特性によってその強度が高く維持されていることが推測できる。重力の影響を受けてそのうち枝先が地面に下りて行きでもしないと、どこか壁にでも突き当らないかぎり枝は横方向に伸び続けるだろう』

 撮影者の問い掛けに対してカゴが相槌を打つ。「まあ、これは、たぶん、珍しいだろうな」
 アルミプレートには〈イエス〉と書かれてある。 通訳の日本人がその表記を読み上げる。
「yes?」と、思わず撮影者は声を上げる。「Affirmation or Christ」――『肯定かキリスト』 という日本語字幕と同時に注釈が出る。"Yes" means the same as Jesus, which is pronunciation in common use in japan――『“イエス”はジーザスと同じ意味で、それは日本で一般的に使われる発音です』
「大層にも程があるよ」と、カゴはフライトジャンパーのポケットに両手を差し込むと、ほどなく肩で小さく笑い、その自身の笑いを打ち消すようにかぶりを振って日本人の通訳者を見やる、「どっちの意味も含んでるってことにしよう」
「ok」と、撮影者は眉を開いて答える。

『日本にある木の種類はおよそ1,500種だといわれているそうだが、では、人の手によって形質を変えた個体はその数に含まれているだろうか?』




『カゴ ユキヒサ』

konoです。
新しいトースターが欲しくなりましたが、そのトースターの購入を検討する中で(付加価値をわざわざ何か見つけようとする心理状態)に陥ったとき、とりあえずは商品ページをブックマークしておいて、それからトーストの関連レシピを検索をしてみるのが良いです。

25,000円の「バルミューダ ザ・トースター」と2,500円の普通のトースターでパンを焼き比べてみた : NewsACT