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裏庭のバジル 32 


「人の死体を見てびっくりするときって、たぶん、そこには決まって私たちとおなじぐらいのサイズの人が死んでいるんですよ」
 女は部屋の中央の広い作業台の上にエアコンのリモコンを置くと、窓辺にあるステンレスの流し台へ向かった。手にぶら下げていたコンビニ袋から洗髪用のトラベル・セットを取り出し、そのパッケージの中にあった二本のボトルを流し台の内側に置いてから、温水と冷水のコックを開ける。そして手の甲を湯にさらす。「だから、もしどこかで巨大な人がべったり倒れ死にしていたとしても、私たちはただその大きさにびっくりしたり感心したりするだけなんだろうなって思うんです」
「それは人ですか、大きな人?――ジャイアントではなくて、ただの人?」
 撮影者が手元のビデオカメラの液晶画面に女の背姿を眺めて訊いた。
「巨大な、とても大きな人のことです」
 女はしばらくの無言に続けてそう答えると、カーキ色のブルゾンを脱いでそれを身近の棚へ放り投げた。「身長182センチの私と7メートルの私――みたいな感じで、どっちも人間のかたちをしているんだけど、サイズだけがぜんぜん違うんです」
 それから女は、とくに気兼ねする様子もなくグレーのセーターを脱いで白いタンクトップ姿になり、手近にあったカウンターチェアを手で引き寄せて座面に浅く腰をかけた。そしてそのまま上体をかがめて蛇口の前に顔を下げて、髪の毛を温水で濡らしていく。左右の肩口から肩甲骨のあたりにかけて肌が剥き出しになっていて、タンクトップの生地に女の下着のベルトが透ける。
「You want me to stop while shooting?」と、撮影者はいくらか声の調子を高めて訊いた。コーディネータの通訳者を見やってその彼に通訳を求め、それからまた英語でおなじ言葉を繰り返す。いったん撮影を止めましょうか、と通訳者が女の名を呼んだあとに口早に訊けば、女は髪に湯を含ませながら思案の声をみじかく漏らして気軽な声で“どっちでも”と答える。
 撮影者がオウケイと返す。「あとで考えましょう」
「粘土って、こんなふうに保管するんですか?」と、そこで撮影スタッフの声が上がる。それまで部屋を巡り歩いていた彼だが、ある一角に立ち止まり、眼下の机に置いてあった四角い密封タッパーに目を留めたのだ。「これを使ってカゴさんが仕事をするんでしょうか」
 それを聞いて女は上体を屈めたまま自身の頭の上に手を伸ばし、温水と冷水のコックをそれぞれ少しだけ締めた。そうして湯の勢いを弱めておいてから、撮影スタッフの声の出どころへ首をひねって答える。「えっと、それは“テスト用”のオーブン粘土です」
 言葉を切って女は右のまぶたを閉じ、目頭を伝う水滴を指でぬぐう。「だけど、あの、それはカゴさんじゃなくて、陶芸クラブに参加する子供たちが使うんです」
「interesting」と撮影者が声を上げると、「興味ぶかいです」と訳者がつづく。
「でも、それ、特有の匂いがするんですよ。だから色々と、コーヒーとか緑茶なんかを混ぜて、粘土の匂いを抑えるテストをしているところです」 女は上体をいくらか戻して、目の前のガラス窓の向こうに夕方間近の屋外を眺めてそう言った。
「粘土にコーヒーの匂いを付けるんですか?」と撮影スタッフが訊く。
「そうです」と、女はシャンプーのボトルを斜めにして、ボトルの口から出した白濁の液を手に広げていく。「コーヒー豆とか、緑茶の葉っぱとかをミキサーで細かくして、それを粘土に混ぜ込んであります」
 撮影スタッフが感心の声を漏らした。「におい嗅いでみますか?」という女の問いに対しては、「ノーサンクス」と首を振る。
「electric oven?」撮影者は部屋の中央にある広い机のそばに歩み寄り、そこに置いてある丸椅子にちらと視線を落として座面に腰を下ろす。「家庭用の電気オーブンで陶器が焼けるんですか?」
「イエス、エレクトリック・オーブン」と、答えて間もなく女は洗髪の手を止めて「あっ」と、軽い一声を上げる。「そうだ、ほら、あの、クジラの肉を持って帰った人が、たしか、いたんですよね?――どんな人なのか私は見てないけど、検査か何かをする、とかって」
 通訳者はその女の言葉にみじかい説明を添えて撮影者に訳して伝える。
「クジラの肉が四角く切り取られていました」と撮影者。
「もしかして今ごろ、オーブンの中だったりして」女は左右の手でシャンプーの液を泡立ててそれを髪に含ませていく。撮影スタッフは、オーブンで調理されたクジラの肉を想像して“アグ”と、嫌悪の声を漏らす。「ちょっと変な匂いがする肉のほうが美味しいから――とか言って、はじめから食べるつもりだったんじゃないですか」と、女がいたずらっぽく言う。「臭い肉が美味しいだって?」と、撮影スタッフは語尾を釣り上げて言ったあとに不快の面持ちで撮影者に意見を求める。撮影者は黙ったまま机の一角に置いたビニール袋の中から“味海苔”のプラスチックボトルを取り出し、そのボトルのフタの縁に巻いてある透明のテープを手で器用に剥がしていく。
「あの――ちょっと軽く何か食べるぐらいは大丈夫だと思いますけど、お酒をのんで大声で騒いだりするのとか、ぜったい駄目ですよ」、両脇を開いて後頭部に十本の指を動かしながら、女は視界の外に話しかけた。撮影者はプラスチックボトルを一方の手に掴み、それを身近にいる通訳者の前に差し出す。英語で礼を言って通訳者は海苔の一枚をつまみ上げ、それを自身の鼻元に寄せて匂いを嗅ぐ。「ここ一応、工房ですから」と女が言う。

 土産屋のビニール袋から取り出した加工品の類がいくつか机の上に並べて置いてある。その日の昼間に駅前の商店通りを巡り歩いて買った商品ばかり、それらすべてに甘辛いタイプの味付けがしてあり、それらすべてが飯のおかずに適当であることを撮影者が一品ぶんの味見をするごとに言うものだから、そのつど工房の室内では微妙な笑いが起きた。「カゴに土鍋で飯を炊いてもらおう」
「カゴに飯を炊いてもらおう」「じゃあ、カゴに飯を炊いてもらおう」 

 そしてその後、話題は座礁したクジラの一件に戻る。
 撮影者一行が商店通りを歩いていたところ、他の通行者らの中にクジラの噂話をして歩く者が何人かいた。とある店の主人が“観光のついでに”と言って、クジラの座礁現場までの行き道を撮影者らに教えようとした他、死んだクジラの体内に増加するメタンガスの影響によってラグビーボールのようにクジラが変形するのだと、自分の知識を物知り顔で話す店主もいた。その誰もが他人事を話していた。地元の漁業活動や観光地としての景観の価値に差しさわりがなければ、その一件は珍事のひとつであって、特に問題視されるべきほどのものではない。寒気の増した秋の終わりに誰の目に付くことなく静かに起きて、地元の噂話の種となり、そして、座礁現場を訪れた者らの過ごす夜のひとときに人知れない静けさを落とす。ただそれだけのことでしかなかった。
「私自身があの場にいて、こういうことを言うのもなんですけど、できれば、あの場に誰もいなければ良かったんじゃないかな、って思うんです」と女が言う。
「誰も」と撮影スタッフ。「僕らも?」
「はい」と女。「ふむ」と撮影者。
 それから女はカウンターチェアから腰を浮かせると、椅子の脚部の金属ポールに靴の踵をのせて、そのまま椅子を背後に押して寄せていく。両手の指をつかって頭の左右を洗いながら胸を張るように背筋を伸ばし、溜息まじりに小さく声を漏らす。そして女は一息を置いて、はっきりとした口調で「クジラのお腹の中に入っているゴミをぜんぶ浜に並べて置いたら、なぜかそれが環境メッセージか何かみたいに思えてくるんですよ。それで、ちょっと感動したり、物思いに浸ったりするんです――だけど、なんていうか、クジラが死んでいるから海がいつもと少しちがう風景に見えたりするんだとしたら、なんか、人って残念だなって」
 そう言ったあと女は自身の靴先を背後のカウンターチェアの脚に引っ掛けてそれを手前に引き寄せようとする。その様子を見ていた撮影スタッフが、カウンターチェアの背もたれのポールを手で掴んで、座り直すよう女に伝える。
「あれは明らかに、多くの人々の日常には存在しないものです」と撮影者が言う。「きっと多くの人々は死んだクジラを見る機会を生涯のうちに一度も持ちません。だから、あのクジラを見て感動したり神妙な気持ちになる人が大勢いたとして、それはごく当たり前のことなんだと思います」
 撮影者の話の終わりを待ちかねたように、撮影スタッフがみじかく一声を上げて口早に訊く。「あのクジラが浜に打ち上がったのは、腹の中にゴミが入っていたからなんですか?」
「クジラの赤ちゃんじゃないとすれば、ゴミかなって」女は平然とそう答える。
 撮影者は思案の声を漏らしながら言葉を探し、やむなく相槌を打つ。

【女】じつは、お腹の中に何も入っていなかったりして
【撮影者】あのクジラが“餓死した”ということですか
【女】いいえ、なんていうか――ただの置物みたいなものなんです。はじめからクジラは死んでもいないし、生きてもいない
 それを聞いて撮影者はまた歯切れの悪い相槌を打つ。プラスチック・ボトルの中に手を差し込み、味海苔を一枚つまみ上げる。
【女】こういう話はしないほうが良いですか?
【撮影者】どういう意味ですか?
「答えが出にくい話は、しないほうが良いですか?」と、洗髪の手を止めて女が訊く。
【撮影者】いいえ、どうぞ
【撮影スタッフ】イクスキューズミー
 女の髪を伝い落ちる湯がシンクの底に乱雑な音を立てる。撮影スタッフの声には疲労の色が混じる。
【撮影スタッフ】トイレに行っても良いかな
【撮影者】もちろん

「なんていうか」 部屋のドアが閉じたあと女はそう言って、シャンプーの泡を洗い流す手をぴたりと止める。「――クジラと私が、おたがいにチェスの駒みたいな関係にあるんです。誰かが“あそこ”にクジラのかたちをした駒を置いて、そのあと、私のかたちをした駒を“こっち”に置いた、みたいな感じ」
 撮影者が相槌を打つ。「詳しく聞かせてください」
「えっと、ふたつの駒がそれぞれお互いに違うマス目を移動しますよね。クジラと私がおなじマスに並んで立つことは、ゲームのルール上、絶対にない」
「たぶん」と、撮影者がうなずく。
「それで、ゲームの最後になってチェス盤から全部の駒が無くなっても、そのままマス目だけは次のゲームが始まるまで“ずっと消えずにある”」 温水と冷水のコックを閉じて女は言う「そうでしょ?」
「僕の知るかぎりでは」と撮影者。「たぶん」
 女は息吹くように笑う。「そんなマス目の上を、駒は“縦とか横とかに”移動するんです。上下に移動することは絶対にない。チェス盤には上空も地下も無い」
「つまり君は、僕ら人間がいつもチェス盤のマス目を移動していると、そう考えているんですか?」と撮影者が訊く。
 女は二度目の洗髪を始めようとシャンプーの液を手のひらに出して答える。「――ううん、そっちの話はあまり大事じゃなくて――どっちかといえば、私の目の前から駒が消えてしまうことのほうが大事かな。なんていうか、私がマス目に立ったときにはもう、その場所にクジラはいないんです」
 撮影者はまたみじかく相槌の声を漏らし、海苔のプラスチックボトルの蓋をしっかりと閉じてそれを机に戻す。「えっと、これは僕がずっと前から思っていたことなんだけど」と、そのあと彼は立ち上がって丸椅子を机の下に静かに押し入れる。左右の腕を彼自身の頭の両わきに大きく伸ばして疲労を押し出すように息を吐く。「もちろん、これが君の言った話の内容の説明や補足になるかどうか僕には分かりません。ですが、これがまったく意味を成さない話かといえば、きっとそうでもないはずです。だから少しだけ僕に話す時間をください」
 屋外には夜の薄い皮膜が掛かっている。女は時おり上体を起こして、腰をゆっくり左右に捩じる。工房の大窓には部屋の内観と撮影チームの二人の姿が映り込んでいて、その二人とも窓辺に視線を当てている。女の頭からは小気味よい音が連続して鳴っており、女の十本の指が弱った昆虫の脚のように動く。
「たとえば、僕は職業柄――」と、撮影者は両手の指を自身の目の前に合わせてそれを四角いフレームに見立てる。
「――ファインダーを通して目の前の風景を見ますが、そのとき、風景を構成している数々の情報にまとめて一枚のフィルターを掛けているような感覚をおぼえます。そして、その風景を四角いフレームで切り取ってそれを“過去の物”にした瞬間、僕の手元ではその風景が平面化していく。つまり、風景を“画像に変換して”平面状に置き換える、そのわずか一瞬の過程を経て、過去に属するそれはひとつの記録となるわけです」
 撮影者は淀みのない口調でそこまで言い終えると、もういちど味海苔のプラスチックボトルの蓋を開けて、中から一枚をつまみ上げる。「いま僕の目の前にあるもの――それこそが僕の日常の外観を決定していて、そのほとんどが立体のかたちを持っています。言い換えれば、僕の視界にある日常の外観は、あらゆる立体の複合体の外観だということです。――しかし時としては、知らず知らずのうちにその世界を平面的に感じ取っている。もちろん僕自身がそういう妄想しているのではありません。つい今しがた言ったように、いつも世界は立体を成しています。では、なぜ僕はそのとき世界を平面状に感じ取っていたのでしょうか。
 君は目先にある風景を眺めながら、沈黙して記憶の引き出しを開けている。そうしてその引き出しの中に収めてある数多くのフレームに意識を滑らせていくあいだ、一方では、目の前の現実世界を構成する視覚的な情報をまとめて一時的に維持している。それは例えて言うとすれば、食品用の透明なラップで、ぴったりと、こう、現実世界を包んで保存しておくような感じです」 窓にうつる撮影者が、ちょうど食器にラップを掛けるような手付きで左右の手を動かす。
 女は洗髪の手を止めて、語尾の翻りそうな声を上げる。「ラップで、包むの?」
「情報がそこらじゅうに動いてしまうと困るからです」と撮影者が答える。
「その、フレームっていうのは記憶のフレームみたいな感じのものでしょう?――じゃあ、情報って何のこと?」
 それを聞いて通訳者はとっさに英語で撮影者に意見を求めて、「データです」と、そのあと女の背中に視線を戻して答える。
「そう、インフォーメーションではなくデータです」と撮影者。「では、データとはいったい何を指しているでしょうか」
 ――仮に、この世界に存在する視覚情報が大きく二種類に分けられているものとしましょう。ひとつは僕らの日常生活に溢れている、そのありとあらゆる可視的な、目に見える物質データ。もうひとつは個人の記憶や想像や思考そのもの、また、それらの像を平面で描写したイメージ・データとでもいうべきもの――もちろん、そのイメージデータには、先ほど僕が言った『記録』が含まれています――現実世界を映し込めたそのすべての画像による記録物や、そこに含まれる文献の類までもが。
「ちょっと待って」と、女が早々と口を挟む。
 ――私が過去を振り返っているときにも、現実のデータがそっくりそのまま、ばらばらにならずに私の目の前にちゃんとあるってことですよね。それで、データをラップで包んであるから乾燥が防げて、埃も付かない。
「その二種類の視覚データのうち、後者のイメージ・データこそが君の記憶に何かしらの特殊な影響を及ぼす性格をしていて」と、撮影者はそこまで言ったあと、間の抜けたような声を小さく上げる。――そう、乾燥を防いでくれる。それに料理の匂いを食器の中に閉じ込めてしまう。

【女】要するに、だから、私が何か思い違いをしてるってこと?
【撮影者】たとえば、お互いにそれぞれ見てきた その過去の視覚情報の一部分をとおして、君の記憶と僕の記憶とのあいだに“薄っすらとした”接点があるものとします。そしてそれは言うなれば、その記憶が同時に多くの人々の記憶の一部分でもあり得る、ということです。――たとえば、こんな感じ。僕は、これまでに一度もワイキキの海を見たことはないけど、別の土地の海を見たことはある。僕はワイキキビーチの波の音を聞いたことはないけど、別の土地の海の音を知っている。僕は白い波を知っているし、その波に足首をさらす心地よさも知っている。それに、見ず知らずの他人がその波打ち際に立っている姿を想像することもできる」
【女】うん、出来ると思います、たぶん私も
「だけど、その僕が海の匂いというものをまったく知らずにいる場合だって大いにあり得るでしょう。プロジェクタースクリーンを通して、視聴覚的に海の広さを知ることも感じることも出来るんですから」と撮影者。「つまり何が言いたいかというと、錯綜した記憶情報の真偽を見定めるには、それ相応のプロセスが必要になるということです」
「うん、いまのは、なんか分かりやすかった」女は蛇口から湯を出してシャンプーの泡を洗い流しにかかる。「あの、ちょっと訊きたいことがあるんですけど」
「何ですか」
「死んだクジラを見て感動する人がいて、しない人がいるのは、なぜだと思いますか? もしかしてそれも人それぞれの記憶の違いが何か関係していたりしますか?」 
 撮影者はビデオカメラを机の上に静かに置いて女の背中を見やり、具体的な話を続けるよう女に求める。女が着ている白い薄手のタンクトップには下着のベルトが透けていて、その丸めた背中の左右に背筋の盛り上がりがある。女はまれに首を左右にゆっくりと傾げて、蛇口の湯を側頭に流し当ていく。
「えっとですね」と、なにかを喉に詰まらせたような声で女は話をはじめる。
 ――たとえば、ほら、太陽が沈んでいけば夕方になるでしょう?――コカコーラは甘くてピリピリしてて、洗濯機の中では服がぐるぐる回っていて、それに、誰かに背中をさすってもらうと気持ち良いし、息を止めたら苦しくなってくる。そういうのって、すごく当たり前のことように現実に起きていますよね。ここに私が“いる”ということと、“いない”ということの違いがどう見ても明らかで、それと同じぐらい、すごく当たり前のことみたいに今日のクジラはあの浜にいたんじゃないかな、って気がするんです。べつに特別なことでも何でもなくて、土が空じゃなくて土以外の何物でもないのと同じぐらい。
 冷水と温水のコックをそれぞれ閉めておいてから、女は髪の水分を手で軽くしぼり抜く。「だから、逆に言えば、綺麗とか寒いとか嬉しいとか――それって何か特別なことなの?って」
 撮影者が相槌を打つ。「おもしろいことを言いますね」
「これ、べつに冗談を言っているわけじゃないんですけど」と女が言う。「明日になったら、クジラがパッと消えてたりしないですよね」
 リンスのボトルキャップに親指の腹を添えてキャップを押し開けて、女はまた上体を屈める。両手に分けたリンス液を頭髪に練り込むように付けていく。
「君の話の内容から察するに、自分の目の前にリアリティが感じられるかどうかという、ただそれだけのことのように思えてきます」と撮影者が言う。――現実にある視覚的な物質情報がリアリティを欠くとき、その情報の在りどころが現実から想像世界に流れ込んでいるものと仮定しましょう。そのとき君は、リアリティの弱まりと共に、目の前にある景色が非現実に置き換わっていくような……景色がぼやけて見えるような、とにかく、なにか漠然とした違和感のようなものを感じ取っている。
「どうかな」と、女が思いを巡らして言葉みじかに言う。「私がボッーとしているときに、いつもリアリティが弱くなっているかどうかなんて私自身にも分からないから――だけど――その、なぜ私たちが目を離しているあいだに、あのクジラが消えてしまわないのか、とか、そういうことがすごく不思議に思うときがあって――これって、どうなんでしょうか、リアリティと何か関係ありますか」
「もしクジラが消えるとすれば、どうやって消えるんですか」と撮影者が訊く。
 上体を屈めたまま水道の蛇口から湯を出して、女は髪に付いたリンスの泡を洗い流していく。「えっと、たとえば、そう――誰かがクジラを一瞬で他の場所に移動させたり――私とクジラのどちらかの時間の流れが急に速くなったり――私がそれをクジラとして見なさなくなったり」
 なるほど、と、女の思案を打ち切るように撮影者は言う。
 ――その不思議がいつか美術の方面で何かのかたちに実を結ぶことは大いに期待できます。でも、その不思議について、いまはこれ以上あまり深く考えつづけるべきではないかもしれません。まず誰もクジラを一瞬で別の場所には移動させられませんし、君とクジラの時間経過の速さが大きくずれることも現実には起こり得ない。そして最後の、君がクジラをクジラとして見なさなくなるというのは、つまり君自身の認知能力に問題が生じたということなんだと思いますが――
「イクスキューズミー」と、そこで通訳者が一方の手をすっと上げて撮影者の言葉をさえぎる。「コンクリートのおもりを付けてクジラを沖合の海に沈めるのが経済的で良いらしいです」
 そう言った通訳者の他方の手には封の開いたペットボトルが握ってある。
 撮影者が卓上のビデオカメラを手に取り、無言のままカメラのレンズを通訳者にそっと向ける。
「本当ですか」と、女は上体を屈めたままシンクに向かってそう訊いたあと、感嘆の息をすっと吐き出して言う。――ちょっとなんか、それ、見てみたいな。
「役場に電話をすれば、クジラを撤去する作業の日取りを確認できますよ、きっと」
 そう答えて通訳者は口元に寄せてあったペットボトルの飲み口を咥えるが、その様子にかまわず撮影者が話を始めようと二言三言をみじかく漏らす。通訳者は水を口に含んだまま軽く唸るような声を上げて眉をしかめる。そして水を飲み込み、「ちょっと待って」と日本語で言う。彼はそのあとまた水を口に含んで無言のまま人差し指をちょいちょいと女の背中のほうに差し向ける。
 カメラの向きを変えながら、撮影者は小さく咳払いをする。――たとえば、死んだクジラが海に沈められるとします。それは君の見ていないところで間違いなく実際に起きます。船やヘリコプターを使うのかもしれません、そのことについて僕はよく知りませんが。――だけど、まちがいなく人の手によってクジラはどこかの海に沈められます。君がその現場を目の前で見るかどうかは別として、クジラが海底に沈まなかった現実はどこにもありません。
 女は水道の湯を止めて、濡れた髪を両手でかるく握って水分を抜いたあと、身近な台の上に置いてあったフェイスタオルを手で掴み上げて、その生地の表面に髪の水分を吸わせていく。――じゃあ、ちょっと訊きたいことがあるんですけど、あの浜の景色をラップで包んでボケッと突っ立っている私って、いったい何でしょうか。さっきあなたが言ったみたいに、私はあの場所で自分の記憶を辿っていたんですか?――目の前の窓ガラスに視線を押し当てて、女は問い詰めるような口調で言う。「だけど、そんな記憶なんて私には無いんですよ。あんな大きなクジラなんて、これまでに一度も見たことがありません」
「ふむ」と、みじかく溢したあと撮影者はしばらく黙り込み、それからまた同じように小さく一声を落とす。「さっき君は、あの海辺に誰もいなければ良かったと、たしか、そんなふうに言いました」
 ――たとえばクジラの腹の中からゴミが出てくる様子を実際に見たとして、そのあとで環境汚染問題への対策のひとつに人類の消滅を思うのは、ごく自然なことです。そして、きっと将来に起きる数々の人災もまたそれと同じ方法をとって未然に完璧に防がれるはずなんです。要するに、誰もいなければ良いんです。
「わたし、クジラの体の中なんて見ていませんよ」
 と、女は手を止めて言う。
「僕らは過去に数多くのものを見ていたはずです」と撮影者が切り返す。――ただ単純にこう思うのですが、人の存在が招く不条理を横目にしなければいけないときもあります。すべての人災を防ぐために人類の消滅を願うことの稚拙さと、その心の純粋さと弱さに一つずつ目を向けなければいけないときもあります。
 そう言って撮影者はそのあと疲労の入り混じった低い声を溜息にのせてみじかく吐き出すと、手持ちのビデオカメラをまたもういちど通訳者の顔に向ける。「僕らは自分自身が覚えているよりもずっと多くのものを見てきました」
 日本語に訳し終えると通訳者は、女の背姿から逸らした視線をカメラに移して、取って付けたような笑みを浮かべる。女の背中をちょいちょいと指して、さらには顎先でその方向を指し示す。

 午後六時を過ぎて、屋外は薄暗い。三人の姿が工房の内観と同化でもしたように窓ガラスに映り込んでいる。窓の一か所には焚き釜の小屋の屋根と煙突が見える。遠くにある山の稜線が空と森林を隔てていて、空の下辺には水に滲んだような斜陽の黄金がうっすらと沈んでいる。「疲れていませんか」と、女が斜めに視線を落として言う。「その隅っこにある冷蔵庫に飲み物があります」
 女の後ろ姿をビデオカメラの画角に収めて撮影者が礼を言う。「ところで、途中で終わったさっきの話のつづきをずっと聞きそびれていたんですが、君の身長が7メートルにまで伸びたことが、これまでに一度でもあったんですか?」
「いいえ」 首を振って女が答える。
「できれば、こういう安っぽい話にはしたくないんですが」と、撮影者は女の足元から頭にかけてレンズをゆっくりと動かしていく。「さっき君が、まったくの思い付きで人の死体のサイズの話を始めたんじゃないとすれば、もしかすると今回のクジラの一件が君の過去の視覚データの一部分を引き寄せようとしているのかもしれませんよ」
 女は穏やかな声を流し台のステンレスに落とす。「なんか、ドラマみたい」
「言ったでしょう、安っぽいって」そう不平じみた小声で言ったあとに、撮影者自身の腹の音がみじかくカメラの視野の外に鳴った。「君じゃないとすれば、いったい何が巨大化するんでしょうか。もしかして、何かが巨大化していく そのイメージ・データを、君はいつか見ていたんじゃないですか?」




『kago yukihisa 3』

 konoです。無停電電源装置を買いました。
 もとは停電時の電力供給が目的でしたが、取り扱い説明書を読んでいて、その製品にちょっとした機能が備わっていることに気付きました。パソコンの電源を入り切りすると、それに連動して(たとえば)スピーカーなどの電源が自動的に入り切りされるというものです。
 連動のさせ方はといえば――パソコンの電源プラグをマスターコンセントに差し込んで、そのコンセントに連動・対応している他のコンセントに(スピーカーやモニターディスプレイなどの周辺機器の)電源プラグを差し込んでおく、ただそれだけです。
 パソコンの電源を入れたあとに周辺機器の電源が自動的に入りますので、わざわざスピーカーの背面に付いている電源スイッチやモニター画面の電源スイッチに手を伸ばさなくても済むというわけです。

 しっかりと下調べをせずに製品を買って良かった、とは言いませんが、たとえば携帯電話の機能――万歩計であったり、季節によって自動的にデザインが変わる壁紙であったり――と、それらの機能のオプション性と似たようなものを今回の買い物で感じることが出来ましたので、まぁこれはこれで良かった、ということにします。