untitle db log

裏庭のバジル 34 

 窯の天井の一カ所に、ひと盛りの塩と神酒が供えてある。作業者の三名が揃って目をつむり、耐熱の手袋をはめた両手を合わせて“窯焚き”の安全を祈願する。その彼らの面子の中には、臨時に雇われた一人の老人男性の姿がある。白い長袖のシャツと、濃い緑のワークパンツを身に付けて、緩く撓んだ竹のような佇まいで立っている。短く刈り上げた髪の全体が白く変色し、広い額の下部には数本の濃い皺が長々と刻み付けられ、窪んだ眼には薄っすらとした影、そして、黒目の縁には 老人環 が白く浮きでている。男性はその眼でカメラを無言に眺めて、わずかに背筋を伸ばす。
 午前9時前。
 全長8メートルの穴窯の全体が灰色がかった色をしている。その塗り直したばかりの窯土の表面にはまだ一本のヒビも入っていない。あらかじめ石材を置いてアーチ状の窯口を上下の二か所に区切ってあり、数本の小切りの廃材を窯口の前に置いて焚火を起こせば、その炎の熱が窯口の下部の通気口に吸い込まれていく。
 そうして釜の室温をゆっくりと上げていくあいだ、数十個の煉瓦を積みかさねて窯口の上部の穴を狭めていく。煉瓦同士のわずかな隙間に少量の窯土を塗り込めていけば、そのうち四角い焚口が出来上がる。窯の外に設置してある温度計の表示を見ながら、小切りの廃材を数本まとめて焚口にくべて窯の温度を少しずつ上げていく。時間を分けてカゴと老人が交代に作業を進める間じゅう、女は小屋の壁際にうず高く積み重ねてある廃材を両腕に抱えてそれを焚口の近くへ運び移していく。

『カゴの作品の焼成は、一年に二度しか行わない。その合間に多数の作品の“形成”と“素焼き“を済ませておく。数か月をかけて2tトラック約1台分の薪を用意し、数人のスタッフを雇って焼成の作業に入る。客用に“窯焼き”をする際にも顔馴染みのスタッフを雇う。――今回の日中の作業に駆り出されたのがこの高齢の男性で、彼がカゴと顔を合わせるのは一年以上ぶりのことらしい。男性は16歳の頃から陶芸の道を歩んできた。今はもう自分の窯を持っていない』

 その後、およそ半日をかけて窯の温度を徐々に上げていく。作業者らが誰ひとりカメラを意識して見ないのは、作業中の撮影に関する取り決めを事前にしてあったからだった。撮影チームやコーディネータの二人もまた、その合意に沿って各自の予定をあらかじめ決めてあった。コーディネータのひとり(運転手の男)は途中で現場から引き揚げ、通訳者もまた所定の時間が来るまでは場所を移して他の業務をつづけた。撮影スタッフは、窯小屋の一角に折りたたみ机とパイプ椅子と大型のノートパソコンを広げて、撮影動画の内容の確認と簡単な編集作業に取りかかった。一方の撮影者は、ひそやかな足取りで焚釜の周囲を移動しながら作業風景を静止画に収めていった。焚口の向こうに揺らめく炎に何度目かのシャッターを切ったあとに、彼もまた動画の内容の確認作業に入った。撮影チームの頭上にはカゴの手で取りつけた電灯がケーブルと共に吊り下がっていて、(窯との距離を十分に取ってあったとはいえ)細かな塵が電灯の真下を窓辺へと流れていくのが目に見えた。
 黙々と焼成作業をつづける三人の姿を遠巻きに撮って、それから、そのレンズの視野を身近の窓の外へ差し向ける。「It's chilly here. But, there's nothing for it. It's for our laptop.(ちょっと寒いけど、仕方ない、パソコンのためだ)」
 撮影者の声につづいて、映像が暗転する。
 
 午後十一時。
 夜間の作業を担当する三人が焚火を続けている。カゴと老人と女の姿は無い。
 窯口の近くには、小切ったヒノキが積み上げてある。その薪を窯に投げ込むと、薪から出た多量の水蒸気によって窯の室内の温度が下がり、煙突からは大量の黒煙が立ち上る。薪が燃えつきた頃から、じりじりと窯の温度が上がり始める。
 窯口の前に立つ体格の良い青年が、自身の首にぶら下げてあるタオルを手に取って顔の汗をぬぐう。一枚の鉄板を焚口に立て掛けたあと、手首に巻いてある腕時計の表示板を斜めに見下ろす。炎の燃えさかる音と薪の爆ぜる音が、ほぼ一様の調子で鳴り続けている。青年はそれから休憩を言い出て、窯小屋の一角に置いてある丸テーブルから 煙草の箱 と オイル・ライター をひとまとめに掴み取り、口の端にくわえた一本の先端に火を着ける。唇を一文字に結んで煙を吸い込み、細い煙を斜めに吹き上げる。
 窯口の前には、すでに別の男の姿がある。男は次の薪の投入にそなえて身近に薪を積み上げる。目深にかぶせてあったニット帽を少しだけ引き上げ、小屋の柱に取りつけてある温度・表示機に視線を投げる。「すこし、このままにしときますか」と、斜めを振りかえって言うと、その彼の視線の先にいる小柄な年配の男が小さく相槌を打つ。二人は離れた場所にある丸テーブルに向かい、小屋に用意してあったパイプ椅子に腰を下ろして、何ということもなく小屋の内観を話題に挙げて過去の作業を振りかえる。わずか二、三の言葉をみじかく交わしたあと、彼らの頭上に静寂が落ちる。離れた場所には青年が立っていて、その両腕には二巻の薪が抱えてある。ニット帽の男は持参したリュックサックに手を伸ばし、ひとりで作業を再開した青年に缶コーヒーをすすめる。
「もうちょっとしたら終わりますんで」
 青年は気軽に答える。口にくわえていた煙草の灰が足元に落ちると、その灰を靴先の裏でかるく擦り散らす。

『彼は、進んで夜の作業に就いた。――聞けば、窯の天井から延びている煙突の胴がその内側から炎に熱されて仄かに赤く変色するのだそうだが、その変色が目に見えるのは夜のあいだに限られているらしい。夜になれば、煙突の先端から噴き出る炎と 火の粉 が見えるばかりか、炎の音がよく聞こえるようにもなり、おまけに彼が言うには、炎の音が引き締まって聞こえもするのだそうだ。――残念ながら、特別な聴力に恵まれなかった私には、炎の音の違いを聞き分けることは出来なかったが』

 薪の移動を続けていた青年が作業を中断して休憩所へ歩いてくる。
 そこで「おい」と、放り投げるような一声が上がる――「カメラマン」――そしてその直後、映像の中央にニット帽の男が映し出される。男は、リュック・サックの中から取り出した缶コーヒーをカメラに向けて差し出すと、語頭にアクセントを付けて「“コ”ーヒー・ドリンク」と言う。すると、それに調子を合わせて小柄な男が「ドリンク、ドリンク」と、まともな日本語の発音で繰り返す。小柄な男はそのあと、温度計の表示に視線をとめて椅子から立ち上がり、手に持っていたマグボトルの蓋を閉めてそれを丸テーブルの上に置く。
 温度計には『1050℃』の表示がある。末尾の数字がまれに変動を見せるが、すでに火力は安定していて、温度が大きく上下することもない。窯の天井の四カ所に開けてある小穴からは炎が勢いよく漏れ出している。小柄な男が二メートル以上の長さの 火かき棒 を使って窯の中の熾火をならせば、赤々と発光する炭床が微妙に明度を変えていく。

『彼がカゴの窯で仕事を始めて、およそ十三年になる。昼間の作業を担当したあの高齢男性と同じく、彼もまた自分の窯を持たずに町内の陶芸家たちの 持ち窯 を手伝うことにしている。――といっても彼の場合、年齢が比較的に若いだけあって、薪窯で作品を焼き上げるだけの体力はまだ持ち合わせている。加齢にともなって作品の趣向性が変わってきたらしく、十五年あまり続けていた山間部での暮らしをやめて、利便の良い町中で灯油窯を使って作品づくりを続けるかたわら、それでもまだ彼は、こうして一人の雇用者として薪窯に関わりつづけているのだ。
 いまでも彼が焚火の作業に携わる理由はいくつかある。中でも私が強く印象的に感じた理由というのが、“窯の中に炎があるから”というものだった。それはどこか曖昧な表現のようでもあったが、私にまったく理解できないわけでもなかった。いつか洞穴で生活をしていた祖先の記憶が否応なしに現代人の心に呼び起されるのだとすれば、我々は拒絶しようもなく、ただ黙って炎の揺らぎを眺める他ないだろう』

 喉を鳴らして缶コーヒーを仰ぎ飲むと、青年はその空き缶を丸テーブルに置いて、代わりに煙草の箱とライターをまとめて他方の手で掴み上げる。それからフタを開けた煙草の箱を前方に突き出して撮影者に喫煙をすすめる。映像の下部に色白い腕が延びる。「ありぃがとおございます」と、片言の日本語で撮影者が言う。オイル・ライターの金属製のフタを青年が指先で押し開けると、ライターの構造部品から“透きとおった”高い反響音が鳴る。
「You have a nice lighter」と、撮影者が感心の声を上げる。
「デュポンだよ、それ」ニット帽の男は、薪の移動を続けるかたわら、一服をはじめた撮影者から青年の姿へと視線をうつして茶化すような声色で言い加える。「一丁前に」
「火なんて目の前にいくらでもあるんだけどな」と、ライターのフタを閉じたあと青年は平然とした口調で呟く。
 ニット帽の男が陽気な笑いを飛ばす。撮影者の口から勢いよく吐き出された細い煙が映像の右端に映り込む。かたちを崩しながら立ち上っていく煙の向こうでは、小柄な男がゆったりした手付きで 火掻き棒 を揺り動かして、ざらざらと音を立てて熾火をならしている。

  〇

 午前七時四十二分。窯の温度が1100℃を越える。
 窯の煙突からは黒煙が勢いよく噴き出している。焚小屋の軒先にある空き地には、音楽に合わせて太極拳の真似事をしているカゴの姿がある。朝靄に日差しが射し込む瞬間をカメラに収めようと、撮影スタッフはダウン・ジャケットを着て、窯小屋の軒先に広げたパイプ椅子に座っている。他方の撮影者は、工房の隅に敷いたブルーシートの上で寝袋に包まれて仮眠中。その彼の 仕事用 のパソコンのカバーには塵や灰が薄っすらと付いている。夜間の作業者たちは二、三度の咳払いをする際をのぞいては一声も出さず、窯の温度の変化に合わせて焚火のペースを調整する際にだけ事務的な口調で言葉を交わす。薪の投入に応じて、窯の室内の炎が“うねるような”動きを見せる。焚口の上枠を一定のリズムで舐めるように、炎が吹き出し、まもなく引っ込み、また吹き出して、また引っ込む。
 そしてこのあと時刻は午前八時となり、日中の作業を担当する高齢の男性が予定どおりに姿をあらわす。女は私用のために不参加となるが、代わりのスタッフとして作業に加わることになっていた一人の男性がこのあと間もなく小屋を訪れる。その男性に「おはよござぇます」と、小さく頭を下げて撮影スタッフは、薪小屋の軒先に向けていたビデオカメラの録画をいちど中断して、歩み寄ってくるカゴに「You do Tai Chi well.」と、力無い声で話し掛ける。スタッフはそのあとすぐに自分の言葉を振りかえり、遠慮がちに言葉を漏らしながら手振りを交えて意思の疎通を図るが、頭に浮かべた意味どおりの日本語を何ひとつ話せない。「まともに寝てないんだろう?」と、構わずカゴは日本語で返す。「スリープ、すればどうだ」
「No」と、撮影スタッフは首を振って言う。「This is my work.」
 窯小屋の引き戸を開けたあと、カゴは今しがた聞いた英語を乏しい発音で繰り返しながら、戸口に身を滑り込ませる。パイプ椅子から立ち上がった撮影スタッフがカゴを振り返ろうと踵を返したところ、ちょうど夜間の作業者らが小屋の出入り口に姿を見せる。ニット帽をかぶった男が茶目っ気のある笑みを浮かべて、さようなら、と言う。
 さよなら、と撮影スタッフが小さく頭を下げる。

 そしてその後、10分から15分おきに延々と薪を投げ込み続けること86時間――窯に火を入れてから四日後の朝――映像の右端に「eighth day」の文字が出る。
 小屋の煙突からは炎の先端が勢いよく突き出している。窯の温度は1250℃を越える。ターボライターを点火させたように、窯の天井部に開けた火吹き穴から橙の炎が吹き出している。窯の中では、炎の燃え盛る音が何かの生物の声のように絶えず鳴っていて、一方、小屋の薄明るい窓辺には冬の朝の静けさが張り詰めている。夜間の作業者らに加えてそこにはカゴと女の姿もあるが、男性らの沈々とした表情とは相反して、女ひとりだけが期待と緊張の入り混じった表情を浮かべて窯口の奥に見入っている。
 しばらくして小柄な男が「よーし」と、ゆるく放り投げるような声を上げる。男はそのあと一本の薪をくべて、炎の安定したのを見て取ると、誰に言われるでもなく 火かき棒 を手に取って、そのL字型の先端を焚口に差し入れる。窯の中から一個のカップを取り出して 焼き上がり の状態を確かめるのだが、橙色に発光していたその色味用の陶器が、やがて外気に晒されることによって艶やかな緑色のガラス質を帯びた一個の作品に成り変わる。翡翠のような緑色をした透過性の被膜がそこに作り出されている。
 そしてそのあとまたさらに堅木(松の木)を焚口に放り込み、作品の色味に深みを加えていく。薪が燃え尽きれば、白熱した陶器が陽炎の中に立ち現れる。

『このあと4日間をかけて窯の温度をゆっくりと下げていく。
 我々撮影チームは、国に戻って作品の完成を待つことにした』

 いちど暗転した映像が、そのあと次のシーンに切り替わる。
 とある住宅街の一角が映し出され、大きなショルダーバッグを肩に下げた女が一軒の家の玄関先に出てくる。女は、オールと杖をひとまとめに一方の手に握っている。ベージュ色のトレンチ・コートとブルージーンズを身に付けて、黒のリュックサックを背負い、ショルダーバッグの重みで足取りが怪しくなると、バッグのストラップを手で掴んでそれを肩に掛けなおす。その女の怪しい足取りを見て、コーディネータの通訳者が車を降りる。スライド式のドアを勢いよく閉じて、小走りに女のもとへ向かっていく。
『彼女は美術部には所属していない。カヌー部に所属していたが、体調不良を理由に退部した』
 女から受け取ったショルダーバッグのストラップを、通訳者が自身の肩に掛ける。その中身の重さを散らせようとして、女はバッグの上面に付いた 取っ手 をぐいっと掴み上げる。
 それからまた別のシーンに切り替わる。
 車の走行音につづいて車内の様子が映し出される。フロント・ガラスの端には何の変哲もない閑散とした海辺がある。砂利浜の一範囲がごくわずかに えぐり取られているようにも見える。視界を他に移せば、それと似たような緩い傾斜を浜地の至るところに見て取れる。他の場所へと視界を移せば、ミニチュアのような平坦とした海辺に過ぎないようにも感じられるが、また別の場所を見やると、そこに無数の砂利の微妙な動きを錯覚しそうになる。ビデオ・カメラの画角が運転席の窓から右の方向へ流れていく。後部座席にいる通訳者の 取り繕った笑顔が映り込んで、そして直後、音もなく映像が切り替わる。
 ショルダーバッグのジッパーを開けて、中から塩化ビニルの折り畳みカヌーを取り出してそれを砂利浜に広げる。モーター駆動のポンプの バルブの先端 をカヌーの送風口に差しこんで空気を送り込んでいく。女は、黒のリュックサックから取り出したシリコンの折り畳みカップを撮影者と通訳者に手渡して、水筒に入れてあった温茶をカップに注いでいく。
 一本の杖とオールが並べて砂利の上に寝かせてある。折り畳みカヌーが形状を変えていくと、通訳者が思わず感心の声を何度か口に溢すが、ついで彼自身、カヌーの丸みを帯びた側面に手を伸ばしてその本体の高さに不安を覚える。「カヌーの中に海水が入ってくるんじゃないですか?」
「入ってくることもありますよ」
 女は、湯気立つカップの縁を唇の前に止めて「入った水は、自分で出すんです」と、そっけない口調で言い加えたあと、そのカップを通訳者にあずけて土足のままカヌーに乗り込む。オールを両手でつかんで水を掻く演技をして、「簡単そうでしょ?」
「自転車のペダルを漕ぐのと同じぐらい」と、撮影者が口を挟む。
「そんな感じです」と、女は茶の入ったカップを通訳者から受け取り、息を吹き吹き何度か茶をすすり飲むと、「こんな感じで」と、杓子で水を撒くような手付きでカップの残りの茶を砂利の上に放り捨てる。そしてそれから上体をひねって海を指差し、海面の様子に安全を見出して微かに笑みを浮かべる。「今日はカヌー日和ですよ」
「そうなんだけど」と言って通訳者は、心もとない様子で自身の泳ぎの不得意を話す。
「海の上と、海の中は、まったく別のものなんですよ」と女が言う。
 
 その直後、音声が完全に途切れる。
 撮影当時の時間の経過が一秒ずつ静かに刻まれていく中、映像の下部には英語、そして右側には日本語で、女の話の内容が一文ずつ表示されていく。(撮影チームの意図した演出として、それらの文章には詩的な語感を持たせる編集がしてある)

     泳ぐのは好きで、潜水も苦手ではない。立ち泳ぎをしていなくても
     海中に沈んでいく心配は無い。沈む恐れの無いことを知っている
     のだから、恐れる道理はない。
     浅瀬から沖へ向かって泳いでいくと、だんだんと水深が増していく。
     その海底のずっと向こうに海底線がぼやけて見える。海底線を眺
     めながらずっと泳ぎ続けていれば、そのうち自然と沖へ出ていく。
     深いところまで行こうと思えば、どこまででも行ける。どこまでも泳い
     でみようと本当に考えてるかどうかは自分にも分からないから、生
     死の一線を越える前に警告があればいい。
     もちろん警告なんて無い。少しずつ視界を離れていく海の底を見下ろ
     しながら、沖に向かって水を掻き続ければ、きっとそのまま好きなだけ
     泳いでいける。

 食品ラップに包んだサンドウィッチを半透明のタッパーから取り出して、女はそれを通訳者に手渡す。

     死んだ魚は海面に浮きあがって鳥に食べられる。海流に乗ってどこか
     へ運ばれて海の底に静かに沈み込んで深海生物に食べられたりもする。
     そんな海中の深いところまで泳いで行って、我に返ったらもう正気でい
     られなくなる。
     海は広くて大きくて、海鳥がどこかへ向かって飛んでいく。海の中では
     魚が自由に泳いでいて、こちらに構うそぶりをひとつも見せない。海の上も
     下も静かで穏やかで、海の上にいると開放的な気持ちになれる。海の
     中にいると気持ちが落ち着いてきて、だけど、そんなときに海面に浮
     かび上がって空をどれだけ眺ていても、ぜんぜん楽しくならない。

 アルミ製のマグ・カップから湯気が立ちのぼり、映像の一部が さっと曇る。

     人のいない自然は昼も夜も静かで、マグマがぐつぐつ煮えくり返っていて
     も、雷がばりばり鳴っていても、それは人が布団の上で寝息を立てている
     ときぐらいに静かなことで、もし自分が地球だとしても、つよく雷が鳴っ
     たぐらいでは別にどうということもない。赤ん坊の寝言と同じぐらい、な
     んということもない。
     人がいてもいなくても町は静かで、激しい雨音も煩いセミの音も人の寝息
     と同じぐらいに静かなもので、私たちが生きていても いなくても 家の中は
     静かで、テレビ越しに見る家の中みたいに、それは私たちの内側ではなく
     外側にある。町の静けさも、いつも私たちの外側にある。私たちがそれを
     はっきりと外側に感じているとき、この町の静けさとあなたの町の静けさは
     とてもよく似ている。

 映像に音声が戻る。

「“チェス盤”と何か関係がありそうですか?」と撮影者が訊く。
「どうかな」と女が答える。「まだ分かりません」
 浅瀬に浮かぶカヌーの上で、撮影者はニットセーターの両腕の裾をまくり上げてオールのハンドルを左右の手でしっかりと握りしめている。海面に押し付けたオールの先端部が不意に水面下に沈み込む。水平線に傾いだ太陽を背にして、撮影者の顔や胸に薄っすらと影が張り付き、その本人の影がカヌー本体の前部に延びている。
 女は砂利浜に立って、撮影者から借りたビデオカメラの液晶画面を眼前に見据える。映像には水際の微かな音が収録されていて、女の声だけが間近に聞こえる。

「周り360度が ぜんぶ海とかって、興味ありますか?」と女が訊く。
〈興味はあります〉と撮影者が答える。
「じゃあ、海底を見てみたくないですか。30メートルぐらい下に、岩とか、見えるんですけど」
〈興味はありますよ〉
「たまにサメが海底を泳いでいたりするんです」 〈本当に?〉
「サメが泳いでるところを撮れるかもしれません」
(撮影者の口元に微妙な笑みが落ちる)――〈カメラが壊れます〉
(女が通訳者を見やると、通訳者が眉を上げて何度か頷く)
「火の温度には耐えられるんですか?」
〈大丈夫ですよ、火元には絶対に近づけませんから〉
(映像の中央に撮影者の顔が拡大される) 
「本当は私、あまり写真とか撮られるの好きじゃなくて」
〈そんな気がしました〉
「この中に、撮ったやつが全部入っているんですよね」
〈窯焚きの途中――たぶん3日目ぐらいからです〉
「それで最後にあなたが海に浮かんで、私が撮ってる」
(女が通訳者の顔を見やると、通訳者が歯切れの悪い調子で和訳を始める)
〈君の提案です、断るわけにもいかないでしょう〉
(撮影者がオールを縦の向きに持ち替えて、その先端を海中の砂利に突き立てる)
「このカメラって いくら したんですか?」
(カヌーが斜めの向きで海面に浮いている)
〈とにかく、もう十分です。良い思い出が出来ました〉
「海に潜るほうが、あなたにとっては良い思い出になると思うけど」
〈こうして海に浮かんで君の話を聞いているだけで、本当にもう十分です〉
「海の中なら、もっと良い気分になれるのに」
〈残念だけど〉
(カヌーの向こう側が映し出される。水平線が映像を二分している)
「本当、残念です」と女が呟く。

 映像が切り替わる。
 海沿いの町の風景や、山間部の田畑の撮影画像が立て続けに表示される。

『陶器は風土に基づいて生じる一種の芸術物だが、当然そこには作者たちの思想が多分に含まれてもいる。日本の一地域の風土と陶芸文化の一端を切り取っておくのは、以前から私達の所望するところだった。
 もとはカゴの作陶活動の映像化を目的として彼に連絡を取ったはずだったが、その結果として、より多くの意味合いを含む映像として仕上がったように思う。これは、ひとえにカゴやスタッフたちの協力のおかげだ。
 この記録をつうじて陶器への愛好をより深めていただくと共に、ひとつひとつの陶器の成り立ちに想像を巡らせていただけたら、私達にとってそれに勝る喜びは無い』

 映像が暗転する。

『日本を発ってから一週間あまりが経って、私達の事務所に一個の小包が届いた』

 映し出された机の上には、徳利と猪口と小皿が置いてある。猪口は、黒に錆色を混ぜ込んだ色をしていて、それと同じ色味をした徳利の上部には薄灰色の艶やかなコーティングがしてある。小皿は、艶を帯びた乳白色のガラスに覆われていて、その薄い透明には一切の混じり気が無い。
 そのあと映像の画角が左側にずれる。
 小皿のわきに、一枚の写真と英字で書かれた便箋が置いてある。カゴはジャンパーのポケットに手を突っ込んで無表情に立っている。女は手に持った自身の作品を胸の前に掲げて、他方の手では杖を突いている。This is for youと、細く特徴のない文字が書かれた便箋が映像の中央に映し出されたあと、暗転した映像の左側にクレジットの表示が始まる。そして、右側には静止画の数々――展示室のベランダから見える山の稜線の連なり――工房の敷地を囲う木や植物――郵便ポストから薄い封筒を取り出してそれをカメラに向けて掲げるカゴの姿――モノラックに乗って駐車場に降りる際に撮影した山景色――カゴの工房へと通じる轍の付いた砂利道――水源林の案内看板と、落ち葉に覆われた散策道――クジラの死骸と数名の見物人の後ろ姿――駅前の商店通りと、撮影に応じた店主らの笑い顔――

 最後のクレジットが消えた直後、窯小屋を真正面から撮った映像が流れる。
 大きな引き戸の前で、カゴが無表情に太極拳の身振りをしている。その近くに女は杖を突いて立ち、唇の両端を曲げて笑いながら、胸の前で手をひらひらと振っている。





『kago yukihisa 5』

konoです。ここ最近、ビールを美味しく飲めるようになってきました。350ml缶の半量もあれば十分ですが、それをガラスコップに入れて飲み干すと、舌から喉にかけてビールを美味く感じることが出来ているような気がします。これまではビールに美味を感じられず、なにか損をしているような気もしていました。これでようやく胸を張って屋台デビューが出来そうです。

大・中・小ジョッキのそれぞれの容量は何mlですか。 - ≫大・中・小ジョッキのそ... - Yahoo!知恵袋