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第68回 



―現代、ダスト、酢夫蓮と知世子―


【知世子】 ?
     後退りする酢夫蓮

【酢夫蓮】 迷霧…

     もわもわと揺らぐ薄桃色をした霧

【知世子】 やっと着いた

     さらに後ずさりする酢夫蓮

【酢夫蓮】 別のルートを探そう

【知世子】 どうして? 地球は目前なのに

     リュックの中から取り出した馬のマスクをかぶる酢夫蓮

【酢夫蓮】 戻るぞ!

【知世子】 なぜ、かぶったんだ

     地中から出ている木の根に足を取られて仰向けに転倒する酢夫蓮

【知世子】 楽しそうだな

     マスクを脱ぐ酢夫蓮

【酢夫蓮】 迷霧を抜けて、いつも無事に地球へ辿り着けたか?

【知世子】 まれに 見知らぬ土地へ迷い込む事もある

【酢夫蓮】 そんな危なっかしいのは御免だ

【知世子】 そうか、、お前、あれだ。  扉を期待していたな?

【酢夫蓮】 扉の場所を知っているのか?  じゃあ、なにも、わざわざ迷霧なんか通らなくてもいいだろう…

     胸を撫で下ろす酢夫蓮

【知世子】 扉の性質については お前も知っているだろうけど、入り口も出口も一方通行なんだよ。 だから
【酢夫蓮】 この際、贅沢は言わない。 出口は自分で見つけるから。    君、入り口の在り処は知っているんだろ? 僕をそこまで案内してくれよ

【知世子】 将来ダストに骨を埋めるつもりでいる私が、帰り道を知らないはず無いだろう?

【酢夫蓮】 じゃあ、なおさら迷霧を通る意味が無い

【知世子】 お前に見せたいものがある

【酢夫蓮】 ?

【知世子】 ……私はただ、誰かの意見を聞いてみたいだけなんだけど

【酢夫蓮】 見せたいもの ってなんだ

【知世子】 初めて、あの場所を訪れた時   【酢夫蓮】 まさか、無の空間じゃないだろうな!

【知世子】 ………

【酢夫蓮】 やっぱり、そうなのか   【知世子】 違うよ。  お前が急に大声を上げるから

【酢夫蓮】 よりにもよって、なんで迷霧なんか

【知世子】 未踏の地で未知の風景に出会うため

【酢夫蓮】 それ、聞こえは良いけど……、今は旅をしている場合じゃない

【知世子】 前回、お前の寄り道に付き合ってやったんだから、今度は私に付き合え

     酢夫蓮の顔を冷ややかに見下ろす知世子

【知世子】 無・空間なんて本当にあるのか? 本当に “無” なのか? “空間である” と、君自身の目で確認した事は?

【酢夫蓮】 樹々海よりも人気が高いらしいじゃないか

【知世子】 彼らは皆、楽な死に方を求めているからな

【酢夫蓮】 入ったっきり、だれも戻って来ないんだ!

【知世子】 どうして “無” であり得るんだ。 空間自体は間違いなく在るんだろう? 

【酢夫蓮】 空間に何も配置されていない という意味だろ! “ある空間内に、物が何も無い” という意味の “無” だ!
     立ち上がる酢夫蓮

【知世子】 話を聞け
     道なき山道を辿って山を下りようとする酢夫蓮

【酢夫蓮】 帰る

     振り返る酢夫蓮

【酢夫蓮】 扉の在り処を教えろ

【知世子】 聞け、馬鹿。 馬。 馬の面の下の馬鹿。 私は “違う” と言った。 無の空間ではないと否定した。 馬鹿。 馬の面をかぶる馬鹿。 面も、面の下も馬。 馬野郎

     体を反転させて迷霧の中へ一人で入っていく知世子

【酢夫蓮】 よくもまぁ、“馬” ばっかり…

     霧の中から聞こえてくる 知世子の不鮮明な声

【知世子】 怖い?

【酢夫蓮】 ………

【知世子】 お前の背中を押してはやれない。 私は、お前よりも前を歩いているんだからな

     よりいっそう聞き取りにくくなる知世子の声

【知世子】 面をかぶって視界を狭くしろ。 そして

     途中で切れてしまう知世子の言葉
     爪を付き立てて馬の面を握りしめる酢夫蓮

【酢夫蓮】 先導しているつもりか?

     揺らぐ桃色の霧
     自身の靴先に視線を落とす酢夫蓮

【酢夫蓮】 (“見えなければ怖くない” なんて、嘘だ)

     馬のマスクを前後逆にかぶる酢夫蓮

【酢夫蓮】 (何も見えない…)

     首を振る酢夫蓮、首を振る馬のマスク

【酢夫蓮】 見えない (“逆” だからな)

     霧の中から微かに聞こえてくる知世子の声

【知世子】 来ないのか?

     酢夫蓮の耳に鮮明に聞こえてくる知世子の声
     顔を上げる酢夫蓮

【知世子】 来ないのなら、ここで別れよう。 姉さんには、お前が旅の途中で逃げた と伝えておくよ

【酢夫蓮】 ?

     自身の顔を酢夫蓮の視界に突き出す知世子

【知世子】 私にとっても、その方が都合良い

     不審な目付きで知世子を見る酢夫蓮

【酢夫蓮】 善哉を連れ帰るんだろ?

【知世子】 姉さんには善哉を諦めさせる

     霧の中から顔だけを突き出したままで、自嘲の笑いをもらす知世子

【知世子】 私は生理的にあの子を受け付けない。 あの子の声を聞くだけで胸が苦しくなるんだよ

【酢夫蓮】 ………

     霧の中から姿を現す知世子

【酢夫蓮】 わかったぞ。 シスター・コンプレックスを持った君は、杏仁さんと善哉の関係が気に入らないわけだ

【知世子】 私はここで、お前と逸れる(ハグれる)。 その もっともらしい理由が欲しい

【酢夫蓮】 僕を迷霧内で迷わせる気だったな?

【知世子】 ………

【酢夫蓮】 僕が危険を承知で霧の中に入るとでも思ったか?

【知世子】 迷霧を通じて地球へ行けるのは本当だ。 これまで私は、そうやって何度も この星と地球とを行き来した

【酢夫蓮】 当然、地球以外の星へ迷い込む場合もある

     視線を酢夫蓮から外す知世子

【知世子】 さぁ、どうだろうな

     思慮にふける酢夫蓮
     視線を酢夫蓮に戻す知世子

【酢夫蓮】 要するに、善哉をダストへ連れ帰らなければいい   【知世子】 そうだよ

【酢夫蓮】 僕が迷霧へ入らなくたって、君とは この場で別れられる。 だろう?

【知世子】 さっき お前に言わなかったか? 見せたいものがあるんだ

【酢夫蓮】 あれは 単なる おとり文句だろう?

【知世子】 否定はしない

     視線を酢夫蓮から外し、振り返って迷霧の入り口を見る知世子

【知世子】 けど、“見せたいもの がある” と言ったのは嘘じゃない

(時間経過、迷霧の中を歩く二人)

【酢夫蓮】 君、海水を隠し持っていないだろうな?

【知世子】 そうだな。 お前と逸れる理由としては、この上無いな

【酢夫蓮】 恐ろしい事を言うな

【知世子】 迷霧について、どこまで知っている?

【酢夫蓮】 海水を触れさせてはいけない

【知世子】 海水は、俗にいう無・空間の手前に立ち込めている霧だけに反応する。 だから、この辺の霧には………、試しに 海水を一滴 落としてみようか?

     立ち止まる酢夫蓮
     歩き続ける知世子

【知世子】 お前を枯れた土地に植えてやろうか?

     立ち止まる知世子
     司会者から種について教わった時の事を思い返す酢夫蓮

【酢夫蓮】 本当に、人が種になるのか

【知世子】 (振り向く) お前も なりたいか?

     平静を保とうとする酢夫蓮

【酢夫蓮】 餓死して骨になるより、種になった方が “生産的” ではあるだろうな

【知世子】 生産的な死など無い

【酢夫蓮】 究極の選択をしたまでだ

【知世子】 心配するな。 これまでのところ、この辺りの霧から種が発生したという報告は出ていないし、何よりも…

     両手の平ひらで自身の胸、わき腹、腿を軽く払って見せる知世子

【知世子】 私は海水を隠し持ってなんか いない

【酢夫蓮】 だけど、僕を霧の中で迷わせるつもりだったんだ、君は

【知世子】 そういう気が全く起こらなかったかと問われれば………もし、お前が何の疑いも無しに私のあとを追って来ていたら…    【酢夫蓮】 僕を置き去りにした?

【知世子】 どうだろう。 その時になってみないと分からない。       けど、もしかしたら

     前を向いて歩き始める知世子

【知世子】 もしかしたら私は、今のところ 思い付きもしないような酷いやり方で、お前を霧に飲み込ませたかもしれない

(時間経過)

     迷霧内の ある地点、立ち止まる知世子

【知世子】 ………

【酢夫蓮】 ここで お別れか?

【知世子】 こんな物、誰が置いたんだろう

     スピーカー・スタンドらしき台の上に乗せられた液晶ディスプレイ
     画面に表示される文字列
     ディスプレイの両脇に取り付けられた小型のスピーカーから流れ出す音楽

【酢夫蓮】 ?

【知世子】 オープニングテーマ曲、“ペスト アンド グロウス” ………“コノ”? 

【酢夫蓮】 ………

【知世子】 今、画面に私の顔が映らなかったか? 見てみろ、これ、お前の顔じゃないか?

     画面に次々と現れる、見に覚えのある人物らを指差す知世子
     画面に目を凝らす酢夫蓮

【酢夫蓮】 あ。 僕だ。  今のは、最中だ。   また僕だ。 なんで二度も…

【知世子】 作者の横暴だ


Pest and growth – MySpace

※物語内の小型スピーカーから流れて来る感が欲しかったので、少し音質をいじりました。 楽曲の再生音量を小さめに設定してありますので、この楽曲の試聴のあとにメタルな音楽等を聴いて びっくりなさらぬよう、どうぞ お気を付け下さい。

コノ


(時間経過、曲の終了)


【知世子】 私たち、もう身動きしても良いのか?

【酢夫蓮】 音楽が流れている間、なぜ僕らが息を潜めなければ いけなかったのかを教えてくれ

【知世子】 言っただろう? 横暴だよ

【酢夫蓮】 どうやって本編に戻ろう

【知世子】 木の根に足を引っ掛けて 転んで、地面に頭をぶつける……あの場面からやり直そう

【酢夫蓮】 ? 頭なんか ぶつけていないぞ

     良い顔をしながら酢夫蓮に歩み寄る知世子

【知世子】 これから ぶつけるんだよ


(時間経過、迷霧内の ある地点2)


【知世子】 じゃあ、ここで

【酢夫蓮】 君のあとを付いて行けば、霧の入り口まで無事に戻れるんだよな?

【知世子】 ? お前がダストに留まる理由は無いだろう?

【酢夫蓮】 杏仁さんに惚れた

【知世子】 さっき私が言った事を忘れたか? お前は私から逃げて、善哉探しを放棄するんだ。 そして以後、姉さんとお前の再会は、あってはならない

【酢夫蓮】 聞き流さないでくれないか。 杏仁さんに惚れたんだよ

     大きく息をし、念を押すかのようにして言葉を発する知世子

【知世子】 お前はもう、ダストには二度と戻らない

【酢夫蓮】 卑怯な手を使ってまでして善哉をあの家から遠ざける………今の君、すごく醜いぞ

【知世子】 善哉を見ていると苦しいんだ。 本当に。 吐き気がする。 本当に。 あの子の首を後ろから締め上げてしまいそうになるんだよ

【酢夫蓮】 …それは大変だ

     ディスプレイが置かれた棚の奥に立ち込めている霧を指さす知世子

【知世子】 この先に一軒家がある

     鼻で笑う酢夫蓮

【知世子】 この状況で 私が冗談を言うと思うか?

     一回咳をして、厳粛さを装う酢夫蓮

【知世子】 そこに母が住んでいる

【酢夫蓮】 なんと都合の良い    【知世子】 ? 何?

【酢夫蓮】 杏仁さんと お近づきになる良い機会だ。 とりあえず、お母さんに媚び(コび)を売っておこう

【知世子】 (溜息) 馬鹿か、お前

【酢夫蓮】 心外だ。 何の前触れも無く、突然、馬鹿呼ばわりされた

【知世子】 この霧の奥へ。 真っすぐ、さらに奥へと歩いて

【酢夫蓮】 じつに心外だ

【知世子】 お前が思う “真っすぐ” で良い。 そうして歩いているうちに、次第に辺りが暗くなってくる

【酢夫蓮】 謝罪のタイミングを計って……いるわけじゃないんだろうな、きっと

【知世子】 精神の統一をイメージして、お前自身を孤立させるんだよ

【酢夫蓮】 ややこしいな。 精神の  統一を  イメージ? 統一を イメージ?

【知世子】 万物との一切の関係を断って歩く自分の姿を 鮮明にイメージしながら歩くんだ

【酢夫蓮】 また “イメージ” か。 君の で良いから、そのイメージとやらが どんな物なのかを僕に見せてくれ

【知世子】 暖色の外灯が目に入ったら、じきに彼女の家に着くから

【酢夫蓮】 僕は、君からの謝罪を期待してはいけないんだろうな!?

     酢夫蓮の目を見据える知世子

【知世子】 もし 地球に辿りつけたら、善哉に宜しく伝えて

     見据え返す酢夫蓮

【酢夫蓮】 君も母に会ったのか?

【知世子】 会ってみたくても会えない。 私は ここから先には行けない

     母の家に通じる霧に手を突っ込む酢夫蓮

【酢夫蓮】 ほら。 君もやってみろよ

     酢夫蓮の提案に無反応の知世子

【知世子】 私には、彼女の寝息や その胸の大きな鼓動に耳を澄ませたり、ここまで漂ってくる料理の匂いを吸い込んだり―――そうする事でしか母を感じられない

     霧から手を抜く酢夫蓮

【酢夫蓮】 鼓動が ここまで聞こえる?   じゃあ            今、母は心臓を止めているのか

     表情の無い声で言葉を発する知世子

【知世子】 私も善哉のように生まれたかった

【酢夫蓮】 ………

【知世子】 どうして私は、あの子のように ではなく、“私” で生まれて来たの

【酢夫蓮】 悪いけど、僕は君を慰める言葉を あまり持っていない

     歩み出す酢夫蓮
     声を強める知世子

【知世子】 さようなら

     霧の中、歩を進めながら話す酢夫蓮

【酢夫蓮】 今のは、“ダストに戻るな” という意味か? それとも、“母の家から戻って来るな” と言っているのか?

【知世子】 ………

     輪郭がぼやけていく酢夫蓮の後ろ姿…
     …それを眺めながら、トーンを下げて話す知世子


【知世子】 さようなら


     霧の向こうから聞こえてくる酢夫蓮の すっとんきょう な声


【酢夫蓮】 ちゃんと謝ってもらうからな