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チャールズ・ミンガス CHARLES MINGUS: Film Titled with "MINGUS", 2003



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Spline from Robert Henke on Vimeo.


DAN FLAVIN x Morton Feldman x FLUX Quartet 剥き出しの空間と時間 | VICE JAPAN







 

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ケヤキ材の器です。

ケヤキ|選べる銘木8種|無垢材家具、オーダー家具「家具蔵(カグラ)」







 


Mazzy Star - I'm Less Here







裏庭のバジル 37 


 それからまたさらに三日が経った。店主の自宅にあるパソコンの電子メール宛に一件の受信があった。その加護のメールによれば、映像メディアに収録された動画をパソコンに取り込む手段を探して知人を頼り、ようやく三日後のメール送信に至ったとのことだった。“ビデオの管理を見直す良い機会になった”と、加護は書き添えてあった。そしてそれに対して店主は先日の通話中に話したとおりの内容をメールの文面でもういちど加護に伝えた。息子の目に付かないところに動画を保管しておきたかった。息子のチサトに対する思い入れを今さら余計に強めさせたくなかった。
 ――知里が子供に懐かれる性格だったとは意外です。加護のメールにはそう書いてあった。
 ――語弊があるかもしれませんが、セガワさんは私の息子に良い顔を見せようとはしていませんでした。息子はそんなセガワさんに親しみを感じていたのかもしれません。相性が良かったのかもしれない、と、キーボードを打ちながら店主は思った。

 通話中に加護が話していたとおり、動画には店主の知らない映像が収めてあった。
 焼成中の作業風景だった。黙って作業をつづける三人の姿が机上に置いたビデオカメラの向こうを横切る。すると、窯小屋の天井の灯りを受けた細かな塵が、微細な光を放ちながら映像の一角を薄っすらと流れていく。確かにそれは、陶芸展に効果的な演出だった。その演出の意図が店主にも伝わってきた。炎の音と、薪の爆ぜる音と、作業者らの足音、さらにまたその彼らの色味のない会話の声によって、展の館内の一角に作業現場の臨場感が漂っていたに違いない。店主は感心の小さな唸り声を吐き出して、前に屈めていた上体を起こしてダイニング・チェアの背もたれに寄り掛かった。
 加護の話にあったように、素焼きをした陶器をチサトが投げ壊す映像も収めてあった。チサトの上気した表情と口先の白い息が印象的だった。四面から成るセメント壁に一個の陶器を投げ付けると、薄布で包んだような鈍い音を立てて陶器が割れ散った。「よし」と、チサトが手ごたえを感じていると、「お前のは、ただ物を壊しているだけなんだ」と、加護が不平じみた口調で言った。するとチサトは背後に立つ加護を振りかえり、目尻に笑みを浮かべて今度は撮影カメラを見やった、「いつも加護さんはそう言うけど、でも、加護さんって、あの……私の頭の中で弾ける、光みたいなものが見えていないの」――それを聞いた撮影者が相槌をみじかく打つ。「光ですか?」と、撮影者の問いが通訳者を介してチサトに伝えられると、チサトは無言に膝を曲げて、足元に置いてある粘土色の器をまた手に取り、しばらく思いを巡らせてから答える。人の声みたいな光です。
「詩人の卵じゃないか」と、加護は親しみと悪戯を交えた調子で言った、「殻の中で自分の声を聴いていたんだ」――わずかな間をおいて、撮影者が思案の声をみじかく漏らして加護に調子を合わせる――「それじゃあ、加護さんは ゆで卵 ですよ」

 なぜ加護が通話中に話を加えなかったのか店主には理由がいまいちよく分からなかった。映像のクレジットから暗転を挟んで、唐突にまた場面が映し出されたのだ。古民家を改装したその一軒の佇まいに、店主は目を見張った。

 チサトが玄関の前に立って黒木の引き戸を開けると、ガラス戸が小気味いい音を立ててレールを滑った。玄関の向こうにある広い土間にはセメントが張ってあり、隣接する居間では柿渋を塗った暗褐色の床が黒光りしている。漆喰の壁が真新しい。居間の奥に横並びする建具の表面は蛇腹に仕立ててあり、部屋の天井の太い梁が何本もがっちりと組み合わさっている。
 居間には初老の女性 ユカワ の姿があった。細身で背が高く、白髪交じりの長い髪が後ろ首のあたりで一本に結ってある。一重の切れ目で、眉は描き整えてあり、薄い唇には血の気が無い。ユカワは居間の中央に置いた炬燵の中に脚を入れて、座椅子に背を寄せて煙草をふかしていた。チサトは居間の敷居に座って土間に脚を放り出し、撮影者と通訳者は玄関の戸を背にして二人の女に視線を当てている。
「始めても良い?」ユカワはビデオカメラを見て言った。
「オーケイ」撮影者が低い声を垂らした。チサトは黙ったまま靴先を交差させて、左右のかかとで土間のセメントをコツコツと軽く打った。
 
 ユカワの話は、チサトの十三歳だった頃にまで遡った。
 夏の終わりの涼しい夜明け前だった。チサトはユカワの母親が生前に住んでいた木造の空家に火を放って全焼させた。時刻にして午前5時前。辺りはまだ暗い。ユカワは炎の燃え立つ現場を遠くから唖然と眺めていたが、自宅から引き剥がした視線をチサトの姿に戻すが早いか、歩み寄って非難の声を喉から絞り出した。するとチサトはユカワを振り向いて、とくに悪ぶれる様子もなく「おばさんの家ですか」と言った。チサトの横顔が炎の橙色を映していた。付近に家は無く、ユカワをのぞいて火災に気付いた者は誰ひとりいなかった。
「本来なら、少年院で懲役二年だわね」と、ユカワはカメラに鋭い視線を当てて当時を振り返った。「この子が ムショ暮らし をせずに済んだのは、私が警察に通報しなかったからだよ」――炎は家屋の半分ちかくまでに燃え広がっており、夜明け過ぎにはもう火の気が収まりつつあった。
「そりゃ、よく燃えて当たり前よ。築六十年以上のしみったれた家だったし、燃え残りそうな家具は何ひとつ置いていなかったもの」――ユカワが現地に来てから十分も経つと、家屋を燃やし尽くした炎が途端に弱まりを見せる。ユカワは自分の家にチサトを連れ帰り、しばらくして今度は車の助手席にチサトを乗せて本人の自宅に向かった。朝の食卓に着いたチサトの父親を玄関に呼び出して、事の経緯とユカワ自身の考えをチサトの両親に伝え、そしてその彼らの同意のもとユカワの家でチサトをしばらく住まわせることにした。
「前科持ちになるよりは遥かに良いでしょって、私が親を説得したの」
 ユカワは通訳者を一瞥して言った。
 説得――と言ってチサトは笑った。
 ためらうように撮影者は声を漏らした。「“チサトを軟禁した”という意味ですか?」
「罪を償わせる方法を選ぶのは私だ、と思っただけ」ユカワは答えた。「警察なんて、公務でチサトを縛り付けておくだけで、この子に対しては憎しみなんて持っちゃいないんだもの」
 チサトの靴のかかとが土間のセメントを擦り、小さくジャリっと音が鳴った。
「この子の性根を無理やりにでも矯正してやろうって思ってたけど、でも、あっさり気が逸れたわ」と、ユカワは部屋に落ちた沈黙をゆるやかに切り、そして誰にともなく相槌を打つように“そう”と、溜め息まじりに言ってチサトの後ろ姿を見るでもなく見た。「それからは、この子に家事をやらせて、私の陶芸の手伝いもさせた。もちろん学校にもちゃんと通わせたわ」
「学校なんて、それ自体が罰みたいなものだったけど」 チサトの語尾がほとんど消え入りそうになる。
「ほら、そういうことだよ」
 と、ユカワは弾かれたように声を上げた。「当たり前に育ったガキが放火なんてするものか。たいていの奴らは、どこかに適当なアソビをつくって生きていくんだ」
 きっぱりとした口調で言ったあとユカワは眉間にうっすらと皺を寄せた。「お前には、まだ本当の意味では罪を償わせていないんだよ」そう言って痰の絡んだ咳を苛立たしげに吐いた。それから、コタツの天板に置いてある灰皿に煙草の先端を何度か押し付けて、立ちのぼる微かな煙を性急な手つきで払いのけた。
「辛くなかったですか?」と、撮影者は腰を落としてチサトに訊いた。
「最初は怖かったけど」チサトは伏し目がちに答えた。「でも、自分の家にいたときよりも静かに暮らせて良かったかな」
 それを聞いてユカワは声を張って一笑した。
「私のお父さんもお母さんも、あんまり頭が良くないの」とチサトは言った。「私のプライバシーとか全然気にしないし、いつも余計なお世話ばっかりするし」
「たいてい、そんなもんさ」そのユカワの掠れた声を制するように一方のチサトが言った「家の中にいると気が静まらないから」
 たいてい、そんなもんだ。とユカワは吐き捨てるように言った。この私を見てみろ――だから、こうして一人身でいるんだろ?
「そう、だから私――」チサトは背後をななめに振り向き、ユカワを見やって微かに感情の帯びた声で言い加えた。「――おばさんと一緒にいると気が楽で、しっかり息をして毎日を生きてるって、そう感じていたのよ」
「そりゃ良かった」とユカワは言った。「お前が体つきのいい若い男なら、もっと良かったよ」
 撮影者はその通訳を聞いてカメラの視野をすばやくユカワに移した。「あなたは職業陶芸家ではないでのすか?」
「スーパーのレジ打ちをしながら、そうね、陶芸は趣味みたいなものだよ」と、いちどカメラに落とした視線を撮影者の顔にまで真っすぐ上向けてユカワは答えた。
「君も、この家で陶芸をするんですか?」 カメラは次にチサトを映し出す。
「私は裸になるだけ」と、自分の足元を見下ろしてチサトは淀みなく答えた。
「たしかに服を脱がせはするけど、べつに疾しいことは何もないよ」とユカワ。「おばさんに見られても、べつに気にならないから」と、誰にともなくチサトが言う。
 彼女の裸を見るんですか? カメラをユカワの顔に差し向けて撮影者が訊いた。
「ガキのときからカヌーをやっていただけのことはあるね」 
 そう答えてユカワは顎でチサトを指し、「はっきり言って、こいつの肩や腰の線がエロいんだ、私好みに」
 撮影者は愛想に程遠い微妙な笑いを浮かべて一度だけ相槌を打った。
「見ながら、陶器のデザインを描くんだよ」と、チサトから視線を逸らして潤いに乏しい微笑を撮影者に注いだあと、ユカワは関心を示すようにして上体をわずかに傾けた。「あなた、自分の裸に自信はある?」
 ノー、と撮影者が反射的に答える。
「あら、そう」 唇を微かに曲げてユカワは言った。「残念だわ」
 人の裸を見ていると、インスピレーションが沸くんですか?
 裸を見て私の中の愛を自覚すると、ペン先が丸くなるわね――ユカワは棒読みの口調ではぐらかすように答えた。チサトは撮影者の口から漏れ出す思案の声を聞いて曖昧に笑った、「分かりにくいよ、おばさんの言うこと」 
 それを聞いてユカワは居間の床に落とした視線をチサトの後ろ姿に這わせて、「お前は分からないほうが良いよ」と、わずかに親しみのある声で言った。ちょうどそのとき、家の玄関先にスーパー・カブが停まった。郵便ポストの投函口に夕刊が放り込まれ、カブはそのあと舌を回すような音を立てて走り去った。
「それで、もう二年の刑期は終わったんですよね?」
 カメラをユカワに差し向けて撮影者は訊いた。
「また、おばさんの家、燃やそうかな」と、映像の外にチサトの声がする。ユカワはケースから取り出したばかりの一本の煙草の先端に火を着けて、一口目の煙を口先に吹き出して言った。「私ごと家を燃やしたら、二年どころじゃ済まないよ」
「ちょっと訊いても良いですか」 撮影者が間を埋めるようにして訊くと、チサトは伏せていた顔を上向けてカメラレンズのすぐ上に撮影者の顔を見た。
 ――なぜ家を燃やしたんですか?
 目を何度かしばたくチサトの後ろの方から、ユカワの声がする。「チサト、いま服、脱げる?」
 チサトは、斜めを振りかえって真っ直ぐな視線をユカワに注いだ。「ノー・センキュー」と撮影者が言った。
「後先を考えずに楽になろうとしたからさ」と、ユカワは顎でチサトを指した。「空家を選ぶだけの頭はあっても、見境を付ける頭が無かった」 

 消防と警察が現場にいないあたり、まだ地域の住民が火災に気付いていないようだった。ユカワは荷造りを始めたチサトを残して家を出ると、チサトの両親に再訪の意図を伝えて火災の現場に戻った。車のエンジンを停めて、バックドアを開けて中からバールを掴み取り、熱気に注意しながら焼跡に足を踏み入れた。家の屋根は抜け落ちていた。骨組みの柱がどこも黒く炭化していた。ユカワは、いつか六畳の居間だった場所に立ち入り、整理ダンスに入れてあった木箱の中身を探した。地面に乱雑に散らばった屋根瓦や多数の太長い炭をバールの先端でめくっていくと、そのうち、結婚指輪やアクセサリーや入歯の金属部品などを足元の一か所に見つけた。ユカワの履いたスニーカーの靴底から焼け跡の熱が伝わってきた。嗅ぎ慣れた室内の匂いは木材の焼け焦げた匂いに変わっていた。

「さて」 ユカワは両手のひらを一度だけ打ち鳴らし、撮影者の顔に視線をかるく投げた。「ところで、加護さんの工房はどうだった?」
 撮影者はカメラの液晶画面に落としていた視線を通訳者の顔に移した。「いろいろ面白いものが撮れた?」と続けてユカワは撮影者と通訳者を交互に見た。
 はい、と撮影者は小さく咳払いをして答えた。「だけど、加護さんをあまり撮っていません。もしかしたら、あとになってそのことを後悔するかもしれません」
 ユカワはそれを聞いて物思いに声を漏らしたあと、コタツの天板に頬杖をついて気軽な調子で撮影者に訊いた。「ドキュメンタリーを作るとき、人と環境のどちらに比重を置く?」
「環境です」と撮影者は一言で答えた。「環境の向こう側に視聴者がいます」
「じゃあ、加護さんを撮影していなくて後悔する、っていうのはどういうこと?」
「私達はドキュメンタリーを作っています。映像の架空性が強くなるにしたがって、そこに事実性を補てんしていく必要があります」
 そう答えて撮影者はチサトの顔に視線を移した。「今回の撮影の場合、その補てんの役割を担うのが“加護さん”でした」
「なるほど」と、ユカワは結んでいた唇をかるく曲げて言った。「悪くないじゃないか」それから更に言葉をついで「あなたの意見によれば、つまり私は架空の人物でいられるってわけだね」
「私も?」と、会話の流れをとらえたチサトが髪を揺らして後ろを振り向く。
「たぶん、そうだね」 答えてユカワは鼻で小さく笑い、そのあと、改めた口調で“チサト”と呼びかけた。「コーヒーを入れてちょうだい、三人分――お前も飲みたけりゃ四人分だね」
 チサトはごそごそと靴を脱いで、あやふやな相槌をいちど打って居間の床に立ち上がった。それから部屋の一角に歩を運び、吊り下がる暖簾を一方の手先でひらりと押し上げると、ひたひたと涼しげな音を立てて奥の廊下を歩き去った。
 ほどなく台所の木戸が音を立てて開いた。
「事実と架空の“どちらで”見て取るかは、端から問題じゃないように思うがね」 ユカワは首を小さく振ったあと、軽い声を息にのせて早口に言った。「もしまた私達の前でいい加減なことを言ったら、それを暴力と見なして貴方たちをこの家から閉め出すよ」
 静まり返った居間の向こうで、インスタント・コーヒーの蓋が硬い音を立てて閉まった。ユカワは腰を浮かせて座椅子を後ろへ引くと、炬燵の天板に着いた片肘を支えにしてゆったりとした身ごなしで立ち上がった。「なんで私は新聞なんてものを、いつもいつも飽きずに読んでいるんだ」と、両手を後ろ腰にあてて独り言のように言った。「見識を深めるためでしょうか」と通訳者が間を埋めるようにして言った。
 それを聞いてユカワは通訳者を振り向き、いちど斜めに落とした視線をそのあと撮影者に当てた。「新聞を読むときって、はじめに見出しを読むでしょう?」
 撮影者が相槌を打って答える「それが一般的な読み方だと思います」
「よっぽど暇な奴でもないかぎりはね」とユカワ。「だから、そういうふうに必要なものだけを選んでいく習慣を付けてしまえば、いま、この私の手元に不要なものなんてあるはずがないのよ」ユカワはそのあと顔をそらして居間の奥へと向かった。蛇腹の建具を二枚おおきく左右の手で開け放ち、部屋の中央に吊り下がる天井灯のプル・スイッチを引いた。十畳ほどの部屋に暗褐色の床が張ってあり、真向いの壁一面には作り付けの棚が数段ぶん並べてある。
 照明の白い灯りを浴びて、ユカワの白髪に艶の輪が帯びる。
「この家の中には、私にとって必要なものしかない――必要な道具しか置いてないし、必要な時間しか無いし、必要な食い物しか無い――それに、そうだね、たぶん、必要な奴らしか集まらない」
 棚にずらりと並べた陶器の数々を除いて、家具や陶芸道具の類は何ひとつ置いていない。その生活感のない部屋にユカワの声がみじかく響いた。「この家の中にいるかぎり、不要に思えるような物とか時間が、私にはまったく無いんだよ」
 撮影者はそれを聞いて親しげに相槌を打つ。「私の父もおなじです。たぶん私自身も、あと二十年もすれば、きっと彼と同じ道をたどるでしょう」
「落とし穴にハマり込んだような気がするのよね」
 そう言ってユカワは手を組んで二本の腕を頭の上に真っ直ぐに伸ばした。背中をすこしだけ逸らせたあとに腕を下ろし、首をゆっくりと回して息を吐いた。「なにか一つ、もらってくれないかしら」そしてユカワは後ろに向きなおり、「そちらの方も」と、居間にもどって通訳者の顔にかるい視線を投げた。「気に入るのがあれば良いけど」

  〇

 後日、店主は加護に電話をかけて、挨拶も早々にユカワとチサトの撮影映像を話題に挙げた。加護はその店主の話を聞いて、気を良くでもしたように相槌を打った。
「僕もあのビデオを観て、放火の件をはじめて知りましたよ」と加護は言った。「それで、コーディネーターをあいだに挟んでカメラマンと連絡を取り合いまして――どうも、あの“最後の映像”は、チサトの許可をもらって僕宛のビデオにだけ収めてあったんだそうです」
「よかった」と、店主は息を吐いた。
「本当にやったのかチサトに訊いてみましたら、本当にやったんだと答えました」――チサトは何の悪ぶれる様子もなく、無責任な愛嬌を込めてこう言った――加護さんの仕事場に出入りしているうちは大丈夫だから、心配しないで――「工房が燃やされでもしたら、窯から取り出した作品がまた火の中ですよ」と、加護はチサトとの会話を振りかえって笑った。店主は返事に困ってぎこちない笑いをみじかく溢し、それから耳元の沈黙を拭うようにしてチサトに関する話をつづけた。彼自身の一人息子の前でチサトが服を脱いだ可能性について話すと、それを聞いて加護は自分の関心を店主に突き付けるように大きく呆れ声を上げた。
「不謹慎な話ですが、おたくの家が燃えずに済んで良かったですな」
 店主の息子の心傷をそれとなく気に掛けたあと、加護は気さくな口振りでそう言った。店主がその言葉の意味を訊くと、加護は返事をはぐらかして気まり悪そうに笑った。


 店主はその日の夜、なんとも不可解な夢を見た。夢の中には若いチサトの姿があった。加護の住む町にある水源林の散策道を歩いていたかと思うと、チサトは足元の路面に積もった枯葉にライターで火を着けた。炎がパチパチと音を立てて滑るようにその範囲を延ばし、そのまま路面をはずれて林立する木々の脇を燃え広がっていった。むき出しの山肌を境にして延焼は止むのだが、もうすでに山は手の施しようのない惨状を呈している。と、そこで店主は何の根拠もなしに、枯葉の下に埋められた大量の遺体の存在を憶測する。そして、それらの遺体を伝って炎が山を燃え広がる様子を頭に浮かべる。数々の遺体の中にはセガワ・チサトの夫が混じっていて、突き付けられた銃口を空虚に見つめるその彼の表情までもが店主の目に浮かんでくる。
 大きな記念碑がいくつかあった。ひとつは多数の黒い管が複雑に絡み合って地面から生え伸びている。またひとつは、ガラスの光沢を帯びたプレハブ大の黒い石がただ地面に置いてあるだけ。それら以外の物も含め、どの碑も抽象的な形をしている。林をはっきりと映し出せるほどに、個々の碑の表面が艶やかで黒い。
 店主は、林の中で繰り返される銃殺の様子を眺めていた。その現場を目の前で見ているようでいて、上空から見下ろしているようでもあった。積み重なったどの遺体にも傷ひとつなく、全身が石膏のように白かった。警察服を着た数人の男らがそろって銃の引き金を引いた瞬間にだけ、あたり一帯が明暗のくっきりとしたモノクロに色を変えた。
 そのあとまた十人あまりの男女がひと並びに立った。彼らの背後には深々とした堀が開けてあり、その堀の底には血の気のある数名が横たわっている。遺体の移動から戻ってきた三人の警官が、それぞれまた数人の両足をつかんでそれを堀の片端まで引きずって歩く。すでに三十名以上の遺体がその一箇所に折り重なっている。
 堀の脇に連行されて初めて遺体の山を目の当たりにすると、いちど麻痺した感情に些細な起伏が出る。一人の女は自分のとなりに立つ少女の肩を両腕にかかえて少女の耳元に何やら小声で話しかける。そのかたわら、年老いた小太りの男が背を丸めて無言に立っている。警官の一人が「両手を体に付けろ」と、声を荒げて念を押すと、ひとりの少年は組んでいた両腕に力を込めてそれを自分の胸につよく押し付ける。
 男女らのうち、たったひとりだけ全裸の若い男がいた。男は視界の先に横並びする警官らに剥き出しの感情を滅多やたらに吐き出していたが、やがて自分の立ち位置の向かいにいる警官を指で差すなり、怒気を打ち付けるようにして声高に叫んだ。
 ――お前もそのうち、服を脱いで死ぬんだよ。
 男の言葉尻に合わせるように、当の警官が腕を振り上げて目先に銃を差し向けた。その様子を見た号令係の警官が乾いた声で号令をかけると、すべての銃口が静かに同じ方角を向いた。それから程なく二度目の号令についで発砲の音がほぼいっせいに鳴った。それは着弾の音でもあるようだった。ワインのコルクを引き抜く音にも似ていた。――これは夢だ、と、店主が無感情に思った直後、銃弾を受けそこなった細身の男が二発目の弾を上唇に受けた。男は背後にある堀の中へと仰向けにまっすぐ落ちていった。
「弾を一個、無駄にしたな」と、全裸の男を撃った警官が横を振り向いた。そして彼はそのあと硝煙に顔をしかめる同僚の名を気軽な口振りで呼んで、薄っすらと皮肉を漂わせながら言った。「もし、残りのやつら全員を殺せなかったときは、お前が責任をとって素手でやれよ」







 



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